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44 末永くよろしくお願いします
(身体痛い……)
夢中で抱き合ったせいで、翌朝は身体が痛かった。家人にも気づかれたのではないかとヒヤヒヤしたが、押鴨家の様子は変わらなかったので、大丈夫だったのだろう。
「もっと泊って行けば良いのに」
残念そうな顔をするお母さんに苦笑する。ありがたいが、休みは一日しか申請していないので、今日はもう帰らねばならない。午前中は間に合わないので、午後から出社する予定だ。
「良輔は、週末まで泊って行くんだろ?」
「まあ、親父も大丈夫そうだし、俺も帰っても良いんだけど……」
「ゆっくりして行きなよ」
良輔はすっかり、俺と帰りたい様子だったが、せっかく実家に帰って来たのにもったいない。押鴨家は家族仲が良いのだし。
玄関で靴を履き、お邪魔しましたと深々と頭を下げる。あとで寮に戻ったら、今日のお礼に何か送らなければ。美味しいものが良いかな。
脚を怪我したお父さんにまで見送られ、何だか気恥ずかしい。
「俺、駅まで送ってくわ」
「そうね。ねえ、良輔。次はお正月?」
「んー。そうだな。まあ、年末かな?」
と、何故か良輔が俺の方を見る。「?」と首を傾げていると、お母さんが俺の手を取って慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
「おせち作って待ってるから。一緒に帰ってくるのよ。もう、歩くんもうちの家族なんだからね」
「――お、母さん……」
急なことに、反射的に涙が滲む。そんな風に受け入れてもらえるなんて、思っても居なくて。
「良い酒、用意しておくからな」
「っ、お父さんも、お怪我早く治してください」
ポンポンと肩を叩かれ、深呼吸して笑顔を作る。離れがたくていつまでも手を握っていた俺に、良輔が「行くぞ」と促した。
俺たちの姿が見えなくなるまで、二人はずっと手を振っていた。
「美佳も見送りしたがってたんだけど。仕事だから」
「うん。まあ、メッセージも交換したし。あとで何かお菓子でも送るよ」
話しながら、駅まで向かう。来たときは赤の他人のような街だったはずなのに、今は少し違う気がした。街に、受け入れられているような気がした。
「――俺、次はもう来ることはないんだと思ってた」
「……まだ、嫌いか?」
「よく、解らない。けど……良輔の生まれた町だし、押鴨家の人は好きだから」
「お前の家だよ」
「……うん」
押鴨家の輪の中に、俺も、入ってるんだ。俺にとって、ずっと欲しかった家族なんだ。
「そういやさ」
「ん?」
良輔を見る。良輔は海の方を見ていた。海が好きなんだろう。
「お前の実家さ、週末とか、もっと帰るようにしようぜ。あそこの方が二人で過ごせるし、そうすれば手入れも楽だろ」
「――寮じゃなく、週末はあの家で過ごすってこと?」
「ああ。嫌か? 良いと思うんだけど。位牌もあるしさ」
「……良輔こそ、良いの?」
「うん。俺、お前と一緒に過ごしたいよ」
ゆくゆくは、そっちで二人で。そんな風に、良輔が言う。
魅力的な提案に、俺はフッと笑って良輔の手を握った。
「じゃあ、家具そろえて、冷蔵庫も新しくしちゃう?」
「本当はシャワーにしたいよな」
「はは、結構、大がかりじゃね?」
「そういうのも楽しいだろ」
指を絡め、未来に想いを馳せる。生活の計画を立てることの嬉しさを、知った。
「歩」
「ん?」
「末永く、よろしくお願いします」
「――こちらこそ、よろしくお願いします」
目を合わせ、思わず笑いだす。
家を整えて、畑も作りたい。春にはお弁当を作ってお花見をして、夏には庭でバーベキューをして、秋には一緒にお月見をしよう。冬には仲間を呼んで鍋をつつくのも良い。
お正月には――『実家』に、帰るのだ。
俺が欲しかった小さな幸せ。暖かい家と家族の温もり。それは、すべて良輔が一緒に作ってくれた。
「良輔、好き」
良輔は眉を上げて、照れたような顔をした。それから、「俺も」と小さく呟く。
二人が小さな畑のあるあの家に拠点を移すのは、遠い未来の話ではない。
おわり
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