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第5話
「しかし、お前の名は名表にはなかった。それは発情期だからではないのか?」
「あぁ……、オレはいわゆる裏メニューってやつなんだ。信頼できる一部の客しか取らないんだよ。載ってないんじゃなくて、載せてないんだ」
「だとしても、発情期のスカーレットは子を作りやすいと聞く。発情期ならば客を取るべきではないだろう」
「それは安心しろよ。オレは発情期じゃないんでね。というか、混血種は子ども出来ないぞ?」
「っ、ならこの香りはなんだ! お前が撒いた種だろう!」
こちらはこんなに切羽詰まっているというのに、表情一つ変えず応じるテイルラに対し、アダマスはつい声を荒らげてしまう。直後、テイルラは大きな瞳をくっと細め、表情を消した。怒らせただろうか。それもそうだ、一方的に憤り怒鳴られたら誰でも気を悪くする。
落ち着かなければ。だがこの甘い香りで満ちた場所では体は急くばかりで熱は冷めない。一旦この部屋から出て体を、頭を冷まさなければ話もできない。
アダマスはテイルラに背を向け、一度部屋から出ようと扉に手を伸ばす。しかし、扉の取っ手に触れたアダマスの手に、もう一つ手が重ねられる。
「文句あるならお前が治めろよ。今にも抱きたいって面してるから誘ってやってんのに、いつまで待たせんだ」
温かく、柔らかい肌が、アダマスの手の甲をそっと包み込む。ふっ、と目の前が真っ暗になるような感覚だった。気づけばその手を取り、力任せにテイルラを床に突き倒していた。バタンッと床が強く揺れる。体を打ち付けたテイルラが痛みに顔を歪める姿など、もはやアダマスには見えていなかった。アダマスの目に映るのは、無防備に蜜を垂らす一輪の花。
堪えていた衝動が噴き出す。片腕を床に縫い付け、テイルラの大腿部に腰を擦りつける。纏っていた黒色のコートを暴くと、その下は素肌が広がっていた。眼前に広がるほんのり赤みがかった肌にアダマスの大きな手を這わせる。程よい肉付き、指をくねらせる腰へのライン。幾度となく他者の裸体など見てきた。だが、アダマスはその裸体に興奮することは等しく皆無だった。そんなアダマスを一瞬で虜にしたのは、暖炉の焔で照らし出される一人の男が描いた白線。
明らかに様子が変わったアダマスを見つめるテイルラの表情から余裕は消えていた。当然それどころではないアダマスはテイルラの表情を見ている暇などない。星空の瞳が、微かな怯えを宿して震えていることに気づけない。
テイルラの身体は、その身がスカーレットであることを示すかの如く、身を守るために濡れた下半身を晒していた。淡く湿った足の間に、アダマスは自分の身を割り込ませる。未だ縮こまっている後孔を撫でつけると、テイルラは前触れのない行為にぴくと微かに身を震わせる。アダマスは腰を少し浮かせ、完全に怒張した自身を空気に晒す。それをひたりとテイルラの肌に触れ合わせると「っ、」とテイルラは短く息を呑む。瞳を震わせ、まるで逃げるように腰が引かれる。アダマスは逃がすまいと腰を据え、先端を押し込もうと前傾に身を倒す。その時、だった。
「うっ、」
「……う?」
テイルラの身に訪れるはずの衝撃が身体を襲うことはなかった。呻くような声を最後に、アダマスの動きが止まり、テイルラがキョトンとした目で首を傾げる。合わせて柔らかい耳が床を撫でた。
「どう、した?」
「……が、」
「ん?」
「腰が、痛い……」
「……あぁ、ご、ごめんな……?」
アダマスの身を襲ったのは、鋭い腰痛だった。どうにも妙なところで打ったようで、この姿勢に耐えられない。経験がないアダマスの姿勢が悪いことも僅かながら影響し、びりッと痺れるような痛みが腰を抜けていく。その場で座り込んでしまったアダマスに対し、テイルラは困惑した表情で恐る恐る身を起こす。
「騎乗位ならできるかな、オレ動くぞ?」
「……いや、」
「……今日は、萎えちゃった?」
「そうではないが……、我に返った。すまない、怖がらせただろう」
痛みによって理性を取り戻したアダマスは、テイルラの表情に残る自分への恐怖を汲み取った。熱はまだ残っている。性器が萎えている様子もない。体はテイルラを犯したいと訴えているが、アダマスの心の方がすでに萎んでいる。あんな前触れなく急に床に叩きつけられ、何の前戯もなしに貫こうなんてされて、恐怖するなという方が無理がある。たった今のアダマスは、アダマスが恐れていた自分の姿そのものだった。目の前にある肌の温もりを奪ってしまう自分の姿が容易に想像できる。
彼を、テイルラを抱きたいのならばもっと自制しなければ、壊してしまう。
アダマスは腰に手を添え、ふらふらと立ち上がる。そして今度こそ取っ手に手を乗せ、扉を開く。テイルラがアダマスを追うことはなかった。
「アダマス」
「……」
「オレは本当に発情期じゃないよ。でも、確かにここに満ちたフェロモンは、みんなオレの。子ども作れない癖に子孫を求めた歪なもの。だから、気にするな。自分を責める必要はない」
「…………」
「また、待ってるよ」
アダマスが言葉を返すことはなく、返るのはただ扉が閉じる音のみ。閉じ切った扉の前で、アダマスは深々と溜息をつく。過るのは、星空に差した恐怖の震え。自分で誘っておきながら、あんな目をするのは卑怯ではないか。まるで、こちらが暴力を働いているかのような表情。
「なんなんだ、アイツは……」
何者か問い詰めるために来たはずだというのに、答えはほとんど得られなかった。ただ分かったのは、彼が特殊な性を持った不可解な存在であるということ。
――混血のスカーレット、……か。
それがどんな存在なのか、理解するにはアダマスには知識がなさすぎた。混血種とは、スカーレットとは。テイルラ・ベルスーズとは、何なのか。何故自分はこんなにも彼に惹きつけられるのか。疑問だらけだ。
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