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第20話
それからアダマスはテイルラと共に二階へと向かい、先に二階にある部屋を案内する。二階は基本的に客室が並んでおり、その奥に使用人の寝室がある。念のためにモズとフブキの寝室を伝え、もしも夜間に具合が悪くなったりしたら二人を頼るように伝えておく。テイルラは窓から見える敷地内の庭園をどうも気に入ったようで、廊下から窓の外を眺め、太陽に照らされて青々と輝く新緑に見いっていた。
「……そんなに庭が好きか?」
「え? あぁ、んー……、母さんが、好きだったんだ。花もそうだけど、自然が好きな人でさ。……母さんも、この景色を見てたのかなって」
そうしてテイルラは僅かな寂しさを孕んだ笑みを見せた。アダマスは静かに「そうか」と返し、テイルラの視線の先を追うように庭を眺める。庭師は雇っていないが、モズが手入れをしていたらしい庭は多少の乱れはあれど、美しい景観を保っていた。
母の記憶を辿っているのか、心なしかテイルラの耳がいつもより垂れているような気がした。柔らかそうな薄茶の髪に混じった赤褐色。耳の先の白に向けてグラデーションを描くその耳に、アダマスは無意識に手を伸ばす。髪と耳の境目、耳の付け根を指で挟むように、頭の右側にアダマスが手を差し込むとテイルラはくすぐったそうに笑う。
「耳うにうにするなよ、くすぐったい」
「こうか」
「んんぅ……やめろって、変な気分になる」
柔らかい耳の根を指で挟んで弄ると、テイルラは嫌がるように頭を振った。そしてアダマスの手から離れていく。その顔には多少紅が差していた。それは照れ隠しなのか、それとも本当に嫌なのか。よく分からない。
「ほら、次三階だろ? 早く行こうよ」
「そうだな。といっても、三階には俺の部屋くらいしかないがな」
テイルラは自分で耳を軽く撫で、さっさと廊下を進み始めた。アダマスもその背中を追って隣に並ぶ。身体の揺れに合わせて上下する耳は、何度見ても不思議な感覚を覚える。人族の容姿に見合わないアンバランスさのせいか。それとも小動物を思わせるテイルラの仕草のせいか。元気にぱたぱた跳ねる様は、まるで走り回る子犬の耳のようだ。実際はそれとは比べ物にならない大きさの耳ではあるが。
その後、アダマスはテイルラと共に屋敷の三階に向かい、自らの寝室や執務室を案内する。書斎や居室もまとめられた三階のアダマス専用の部屋の数々に、テイルラは終始興味津々であちこち忙しなく見て回っていた。と言っても、アダマスの仕事にテイルラが関わることはないため、執務室や書斎の説明はほどほどに、寝室の方にテイルラを引きずる。
「俺が呼んだら、夜はここに来い」と、テイルラに覚えさせる。天蓋の付いた、大型の獣族のためのベッドはテイルラのベッドよりも当然大きなもので、二人いても十分な広さのものだった。テイルラはそれを聞くと意外そうに「このベッドでしていいの?」とアダマスに聞いたが、テイルラの部屋のベッドを汚すわけにはいかない。
テイルラは静かに寝室の内部を見つめ、きょろきょろと周囲を見渡していた。寝室にはベッドや着替えのクローゼットの他に、最低限の家具しか置かれていない。何を見ているのかと、テイルラの視線を追うが、その目が何を追っているのか掴めない。
「……この部屋に金目のものはないぞ」
「え? な、違うよ! 人聞きの悪いこと言うなよな!」
「なら何をきょろきょろとしている」
「ん、いや、なんか、ほら、貴族って特殊なこと好きそうだから、変なもの置いてないよなって」
「……特殊なこと?」
「あ、わかんないならいいんだ」
眉間に皺を寄せたアダマスに対し、テイルラは隠れるように視線を逸らす。テイルラが言わんとしたことが分からず、アダマスは「どういう意味だ」と問うものの、テイルラははぐらかすばかりで終ぞ意図を知ることはできなかった。
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