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第22話

 テイルラが来て、二日目。  二人は快晴の空の下、あの日出会った花屋を訪れていた。  ことの始まりは朝方、繫華街の様子を見るため町に向かおうとするアダマスに、テイルラが一緒に行くと言い出したことから始まる。ただ仕事に向かう予定だったアダマスにテイルラを同行させる気は毛頭なかった。だが「正餐の時刻には帰るから屋敷で待っていろ」というアダマスの言葉に頬を膨らませ、「オレとデートするって約束だったろ」と言われるともう置いていくわけにいかない。アダマスは仕方なくテイルラを連れ、澄んだ早朝の空の下に出たのだった。  テイルラはいつも通りフードで頭を隠し、アダマスの少し後ろをついてきた。ひょこひょことした足取りは親鳥の後ろをついて歩く鴨の子どものようだ。もちろん、そんな感想を口には出すことはできないが。フードの下に垣間見えるテイルラの表情は明るく晴れやかなもので、特に体調を心配することもなく町に出るに至った。  アダマスが仕事をしている最中は存外テイルラは大人しく、屋敷にいた時のように勝手にあちこち見て回るようなことはせず、アダマスの傍を離れなかった。むしろ、アダマスが各店の売り手たちと話している間はアダマスの背中に隠れ、人見知りの子どものように身を隠していた。耳を見られることを避けたいのは分かるが、そんなに隠れるのならば屋敷で待っていれば良かっただろう。とも思うが、言えばまた機嫌を損ねることが目に見えていたからその言葉をグッと飲み込む。動物の赤子のようにひしとしがみつくテイルラに対し、不思議そうな視線を送る取引先たちにその都度「俺の連れだ」と説明し、テイルラの耳に気づかぬよう視線を誘導する。  その道中、テイルラは自らあの花屋に行きたいと言い出し、そちらへ向かうことになったのだった。  花屋は露店の並ぶ繁華街と比較すると人の密度が低く、店の中に入るとテイルラはようやくアダマスの背中から出てきた。そのままテイルラは真っ直ぐに切り花のコーナーへと向かって行く。その隙にアダマスは店主と商売の話を進めるため、一旦テイルラの元を離れ、店主の元へ向かった。 「おはようございます、ヴェルデマキナ様」 「あぁ、おはよう」 「あの……、彼、今一緒に来ませんでした?」  店主の視線の先にいる人物が誰か、見る必要もなかった。アダマスは軽く「あぁ」と呟き、軽く店内を見渡してみる。その店内の様子に、違和感を覚えた。確か、園芸用の品に力を入れる方向で決めて少し経つはずだ。その割には、切り花の展開に変化がない。量を減らすように言ったと思っていたが。 「あ、あの、花のことなのですが、品数を減らす予定だと常連に話したところ、このままにして欲しいと強く要望される方がおりまして……」 「常連? それは、確か……」 「えぇ、彼です。ここ数日は来ない日もありますが、以前は毎日うちで切り花を買って行かれる方で……あまりにも切実であったので規模を縮小するのが忍びなく……」  そこでようやくアダマスは店内を散策するテイルラへと視線を向ける。テイルラは並んだ花々を一輪ずつ見比べ観察していた。テイルラがこの花屋を開店して以来の常連客であることは以前も聞いたことがある。毎日ここを訪れては、花束を買っていくという客。初めて出会ったあの日も、そして露店で襲われているのを見かけた日も、テイルラは実際に花束を持っていた。 「……分かった。ならば、一時はこのままにしよう。売り上げが低迷するようならばもう一度策を練る」  本来ならば、たった一人の客のためだけに店の方針を右へ左へと変えるべきではない。だがその客が他でもないテイルラであったから。つい、アダマスも流されてしまう。テイルラが花を買う理由は知らない。テイルラに代わりの花の贈った日以降に確認してみたが、イオルバの部屋にも、リヒテルヴェニアの診療所にも花瓶の類はなかった。あの贈った花も、その後どうしたのか聞いてはいない。  花屋の店主との話を済ませ、アダマスはテイルラの元へ戻る。テイルラは大きく可憐な花を咲かせた一輪の花をぼんやりと見つめていた。 「欲しいのか」 「へ? あぁ、うぅん。今日はいいよ」  テイルラは短くそれだけ返すと、眺めていた花弁から視線を外しアダマスへと向き直る。明らかにこの花に惹かれているような目付きだったが、テイルラは特に後ろ髪引かれる様子も見せずに再びアダマスの背中へと向かう。花の一本や二本を買うくらいはアダマスには造作もないことだ。欲しいというのであれば買ってやろうかと思っていたが、テイルラはすでに興味をなくしていた。 「他に行きたいところは?」 「オレはないよ」 「そうか、ならば一度リヒテルヴェニアの元へ行ってから帰るか」 「先生のとこ? なんで?」 「お前の食のことだ。胃の構造は人族に近いのか兎に近いのか聞いてくれとモズに頼まれた」  昨日はあれからテイルラは結局あまり肉に手をつけなかった。多少は口にしていたようだが、目に見えて避けているようにも取れた。体の弱いテイルラにとって、食はとても気をつかわなければいけない部分でもある。それを任されている以上、過ちは許されないとモズは責任を負っているようだった。そこまで気負う必要はないのだが、モズの負担を減らすため、アダマスもできる限り手を尽くさなければいけない。  自分の話をしているというのに、テイルラは「そっか」とどこか他人事のように呟いた。そんなに気にしなくてもいいのに、とでも言いたいのだろう。だがそうもいかないのだから仕方ない。

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