50 / 52

第49話

 久方ぶりのその強い香りに、アダマスはゾクリと身を震わす。同時に、反射的に理性がけたたましい警鐘を鳴らした。テイルラの熱を宿した瞳が持つ意は、一つではない。快楽を求める炎と共に、体を覆う毒への抵抗も含まれるはずだ。思わず伸ばしかけた手を、慌てて引き、視線を逸らす。 「駄目だ、今は……」 「逃げないんだろ? なら、ちゃんと自分がしたことの責任取ってよ……、お前が変な薬盛ったからだぞ。あの日から中途半端に発情期になって、身体が落ち着かないんだ」 「それは……、それは他の方法で謝罪する。だから、それは駄目だ。っ……、くそ、それ以上近寄るな、テイルラ……ッ!」  テイルラの纏う香りに気づいてしまったが最後。鼻腔を撫でる香りは強くなる一方で治まる気配がない。それを自覚していてテイルラは逃げようとするアダマスに身を寄せ、まださほど自由が利かないはずの体を動かし、アダマスを花畑に押し倒す。その上に跨ったテイルラの瞳には紫色の光が差し込む。アダマスを見下ろしたテイルラが見せた笑みは、愛らしさと儚さといやらしさと、それら全てを綯い交ぜにしたもので。どんな美術品よりも美しいその笑みに、アダマスは足を取られる。 「ねぇ、一回だけ、一回でいいから、アダムを感じたいの……、だめ?」  この男は、どこまで計算しているというのだろう。垂れた赤褐色が、アダマスの頬を撫でていく。最初から、断らせる気などないくせに。すぐに頷かないアダマスに、テイルラはダメ押しと言わんばかりにスリとアダマスの下腹部の上で腰を前後に動かした。そんなことせずとも、すでにアダマスは落ちるところまで落ちている。 「ぁっ、わ!」  アダマスは唐突に真上のテイルラの両腕を曲げ体を倒し、自分に体を重ねさせる。その体を優しく抱き留めたアダマスは背中を横に転がし、今度はテイルラが下に敷く。急なことに目を瞑っていたテイルラが再び瞼を持ち上げた時、その先にあったのは獲物を見下ろす獣の瞳だった。 「その目、それ、好きだ。お前に全部支配される感じがして、ぞくぞくする」 「余計なことを言うな、一回で抑えられなくなる」  このままテイルラの求める通り行為に及ぶことも可能だったが、僅か残った理性が墓前であることを思い出させた。可憐なミラビリスに包まれたテイルラを抱くのもまた一興ではあるが、さすがに故人の前ですることではない。アダマスは一度テイルラを抱え上げ、花畑を抜けた木の根元にテイルラを下ろし、幹に背中を預けさせる。するとテイルラはそこに座るや否や、両膝を曲げて、誘うように足を開く。 「ん……っ、いいよ、触らなくて、挿れたいんでしょ?」 「慣れてからな」 「ぁッ……! いい、って……、ん、オレ、アダムの前だとすぐ濡れちゃうから……」  向けられた蕾に中指を立てると、テイルラはキュンキュンとアダマスの指を締め付けた。数日ぶりの行為であるからか、それとも発情期であるからかは分からないが一つ一つの刺激を敏感に感じ取っているようだ。脈打つ襞は、より強い快楽を求めるようにアダマスの指を奥へと誘う。  テイルラの言葉通り、実際まだ触れたばかりというのに後孔はとろとろとした粘着性のある先走りで濡れだしていた。中指をわざと中で上下にトントンと動かすと、合わせてくちくちと淫らな音が上がる。世界に二人しか存在しないと錯覚するような空間で、その音はいつも以上に大きく聞こえた。テイルラにも同じような感覚が襲っているのか、テイルラは背中を丸め恥ずかしそうに耳の先をキュッと握った。 「……なぁ、テイルラ」 「ん、ぅッ、なんだ……?」 「聞きそびれていたことがあった。お前、今日ペルナに何をされた? お前の顔に傷をつけたのもペルナか?」 「ペルナ……? ぁ、ペルナじゃ、ないよ。今日来たのは、ペルナといっしょにいた人」 「いっしょに……? まさか、あの従者か?」 「うん、実は、な、……最初に見た時にあれ? って思ったんだ。あの人は少し前までシャトンで働いてた人だ。だけど、ある日突然こんな店抜け出して自分といっしょに来ないかって言われて、だけどオレはあの人に興味なかったから断ったんだ。それからすぐに仕事辞めちゃって、引っ越したって聞いてたんだけど……」  ペルナと共にいた従者。その顔が思い浮かぶ。あの時、テイルラは連れ拐った時に見せた笑み。考えてみれば、ペルナがわざわざ自らテイルラを手にかける必要などどこにもない。奴が一言発すれば、思いのままに動く手先などいくらでもいる。ペルナが奴に指示したのか。いや、違う。  あれでも、ペルナはアダマスの実の弟だ。ペルナが独断で誰かを殺せなどと指示できるような度胸のある男ではないことはよく知っている。つまり、今日のことはあの男の独断。ならば、あの日の拉致も。 「……それで?」 「あっ! ん、そこ、やめ……、」 「いいから言え、ならばあれはお前に惹かれていたのか? 何をされた」 「なに、って……急に部屋に来て、もう一度だけチャンスをやるって言われて、いやだって言ったら殴られて、髪とか耳とか引っ張られて、たくさん怒鳴られて、そしたら、なんか変な味の水飲まされて……」  テイルラの口調は嘘をついている様子はなかった。乱暴されたことに間違いはないようだが、どうやらアダマスが想像していたようなことはされていないらしい。そこまでの大胆な行動に及ぶような男の、強姦行為に手を染めていても不思議はなかったが幸いと言うべきだろうか。 「そうか、ならここを触れられたりはしてないのか」 「ぁ、んッ、してない、よ……なぁ、もういいから挿れてよ……」  テイルラは耳を掴んでいた手をアダマスに伸ばし、ねだるような甘い声で囁く。会話の間に指を増やし奥へと進め拡げていたテイルラの後孔は、先の快楽を受け入れるための液体でぬらぬらと蕩けていた。触れてもいないのに屹立した性器が、テイルラの昂りを示している。それは、アダマスもまた同じだった。

ともだちにシェアしよう!