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第2話

本当はこのまま仮眠を取りたい所だけど、栄養剤を注入しないと低血糖になる。 他の奴らはたむろってる間に買い食いしているけど、俺は食べても殆ど栄養として吸収されてない。 だけどその場の雰囲気で一緒に飲み食いしてて、正直腹は全く減ってない。 リビングに行くと、母さんがキッチンで朝食を作っていた。 「おかえり。朝ご飯もうすぐできるからね。」 母さんは俺が朝帰りしようが説教したりはしない。 俺が常日頃から、やらないといけない事をちゃんとしているから大目に見てくれているんだと思う。 それとアニキ達に口煩く言われているのを知っているから敢えて言ってこないのもあると思う。 「…飯いらねぇから。俺の分はいいよ。」 リビングの棚に置いている栄養剤のパックにチューブを着け、腹から出てる胃ろうに繋ぐと、点滴棒に着いている機械のポンプにセットした。 設定している速度で、ポタッポタッとゆっくり輸液が体内に落ちる。 朝食分の粉薬を白湯に溶かして、シリンジで吸い上げると、胃ろうに続くチューブの側管から流し込んだ。 これで身体に必要な栄養分が補えるんだから容易いもんだ。 そのままソファーで毛布を被りウトウトし始めると、グレーのつなぎを着た次男の浬が、コーヒーを片手に傍に来た。 「…何?寝るからあっち行って。」 「また朝帰りかよ…。門限何時か分かってんだろ?」 「別にいいだろ。浬と違ってたまになんだから。」 偉そうにこう言ってくる浬も高校時代は荒れに荒れてて、毎日のように朝帰りして、挙句補導されたりしてた。 その癖俺には偉そうに説教こきやがるんだから、ホント頭に来る。 「なんで毎度毎度親父が夜勤の日に朝帰りすんだろうな?…親父が居る時は気まずいんだろ。門限破るならもっと堂々としてたらいいのに。」 フッと鼻で笑い弟達を起こしにリビングを出て行った。 …マジムカつく。 蒼に同じ事言われてもそこまで腹が立たないのに、浬に言われると対抗心からいつも言い合いに発展していた。 浬が二階に行ってしばらくすると、パタパタと足音を立ててリビングに下りて来たのは五男の尚だった。 今年小学生になった尚は、毎日学校が楽しいようで朝からテンションが高い。 「朔にぃ、朝ご飯もう食べたの?」 「…俺の事はいいから早く支度しな。」 ソファーで横になる俺の足元に抱きつく尚を軽くあしらった。 俺が栄養剤の注入中だから、腹に抱きついて来ないあたりちゃんと状況を見て行動している。 いつだったか腹に飛びつかれて、胃ろうの部分から出血して入院するはめになった事があった。 結構前だったと思うけど、胃ろうが使い物にならなくなった上に穴も裂けて暫く胃ろうを着けられなくなったからだ。 お陰で俺の嫌いな直腸からの注入になるわ… 感染症にかかって発熱するわで、まさに踏んだり蹴ったりだった。 「尚、ご飯食べよ また遅刻するぞぉ。」 蒼が俺に引っ付いている尚をダイニングテーブルに連れて行った。 尚は食べるスピードが遅くて、昨日集合時間に間に合わなかったようだ。 給食でも昼休みが始まっても食べ終われない事もあるらしい。 小食って言うわけじゃなく単に食事に時間がかかるタイプなのだ。 まぁ尚の事はどうでもいいんだけど… まじ…ヤバい……。 かなり…ヤバい…。 消化し切れてない食べ物が輸液に押されて上にせり上がってくる感覚に慌てて身体を起こした。 ソファー下にあったゴミ箱を抱えた瞬間…決壊した。 「…オエェ…う、ゲボっ!……っゔぇ。」 「朔大丈夫か?栄養剤の注入止めるな。」 油分の多いジャンクフードを食べたせいか、嘔吐が止まらず吐き続ける俺の傍に朝食を食べていた蒼が来て、背中を擦りながら栄養剤を止めてくれた。 寝不足も相まって内蔵が疲れている時なんかにこうやって逆流する事がある。 本来なら下に流れて行き十二指腸の所にある弁が逆流しそうになると閉じるが、内蔵が疲れているとその弁が甘くなり閉じきらないために逆流に繋がるらしい。 「っ、おえぇ…うぅ……ゲボォ……触んな…。」 背中をさすられる度に嘔吐物がせり出てくる。 この不快感から蒼の手を振り払うが、蒼は背中を擦り続けるのをやめない。 「…分かったから。吐き切りな。このままだと栄養剤の注入ができないだろ。」 吐くのがキツ過ぎて、視界が涙で滲むのに胃のムカつきがなかなか落ち着かない。 それなのに蒼が強めに背中を擦るから、再び背中が大きく波打った。 「ゔぉええ!…ゲボっう、…ぅええ"…。ハアハア…」 これ絶対注入した栄養剤も出てるな。 全然大腸の方に流れる事なく口から出てる…。 …あ、排便処理してなかったな。 今更思い出しても遅いんだけど。 完全に大腸も動いて無いだろうな…。

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