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第4話

橘先生side この高校に養護教諭として勤務しだして六年目の今年。 俺には気になる生徒が居る。 あ、この言い方には語弊があるか…。 気にかけている生徒が居る。 その生徒は、一年三組の瀬咲 朔だ。 これまで様々な生徒を見てきたが、日常的に医療的ケアが必要な子は初めてだった。 入学説明会の後に保護者同伴の元で、必要な事や注意すべき事などを話し合う場が設けられた。 朔くんは、基本的なケアは全て自分でする事ができる為、保健室の鍵付の棚に毎朝持って来る栄養剤のパウチと付属のカテーテルにシリンジ。 それから導尿用の予備のカテーテル等を保管している。 最初こそどんな身体の弱い子だろうと少々神経質に身構えていたが、朔くんは予想に反してかなりやんちゃな子だった。 ある時は、明らかに喧嘩してきましたと言うような派手な切り傷と打撲痕を顔につけて登校して来た。 そしてまたある時は、髪を金色に染めて来た。 生徒指導の内山先生に注意を受けているのを度々見かける。 校内は昼休みになり、廊下やグラウンドからは生徒達の元気な声がそこかしこから聞こえて来る。 ガラッ 保健室の扉が勢いよく開けられ、学ランをだらしなく着崩した金髪頭の生徒と黒髪の生徒が入って来た。 そう、この昼休みに毎日必ずやって来る朔くんと、同い年の従兄弟の(こうき)くんだ。 聖くんは、朔くんのお母さんの妹さんの息子で、三人兄弟の長男だと言う。 「先生、ベッド貸して〜。」 俺の返事は聞く気がないのか、気だるげに告げると奥のベッドにスタスタ歩いて行った。 「今日は珍しいくシリンジ法じゃないんだな。」 棚から栄養剤のパウチを持って来てあげると、慣れた手つきで胃ろうに繋いだ。 いつもはシリンジで高濃度の栄養剤を速攻で注入して帰って行くのに、今日は珍しくゆっくり注入するらしい。 本来なら朔くんの場合は、シリンジ法での注入は、栄養の吸収が追いつかないのであまり好ましくはないらしい。 小腸がないため経口での食事では、栄養の吸収が乏しいため本来なら二十四時間持続的に胃ろうで栄養を取らないといけないのだ。 だけど学校に通いながらだとそれは難しい。 その為昼休みになると、こうして不足した栄養分を補いに来ている。 「先生、毛布貸して。」 「毛布?足元にあるの使っていいよ。」 「…これも使うけど、もう一枚。背もたれ作りたいから。」 今日は調子が良くないのかな。 背もたれを作って上体を軽く起こして注入する時は、栄養剤が逆流して嘔吐の心配がある時だ。 「調子悪い?」 「……別に。寝不足なだけ。」 ムスッとした顔で答える朔くんだけど、内蔵が疲れているのを自覚しているから、自ら背もたれを作ったんだよな。 「先生、俺ここで弁当食ってもいい?」 聖くんに話しかけられ、朔くんの寝転ぶベッドの横に椅子を持って来てあげた。 「布団に食べこぼし付けないでね。」 「ぇ、俺そんなに食べるの汚い?」 「綺麗な方ではねぇよ。かけこみ飯やめたらマシ。」 「あぁ、お上品に食べます…。」 二人の仲の良い掛け合いを聞きながら、俺もデスクで弁当箱を広げた。 しばらく二人の会話が聞こえていたが、ふと静かになったのに気づきカーテンの中を覗いた。 「…先生シー。」 聖くんにシーと言われベッドを見ると、毛布に包まり眠っている朔くんの姿があった。 本人の言う通り相当寝不足な様子。 「…昨日も夜中遊んでたみたいでさ。今朝帰って来て、朝の栄養剤注入の時に吐いたんだって。最近調子悪そうだから心配なんだよね。だから先生も注意して見てやってください。」 聖くんは、さすが長男って感じの兄貴肌だ。 だから朔くんも同い年ながら、甘えてる部分もあるんだと思う。 いつだって俺には素っ気ない返事しかしないが、事細かな情報を伝えてくれるのは聖くんの方だ。 お陰で朔くんの調子の善し悪しも分かり、保護者への連絡もスムーズだった。

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