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第8話

「…すんません。尿検査できました。」 「ぉ、戻って来た。診察室行こう。」 受付カウンターに声をかけると、白衣姿の秦先生が顔を出した。 ぇ?!…タイミング悪っ! 「なかなか帰って来ないから、診察サボって帰っちゃたのかと思ったよ。」 茶化して来る秦先生に苦笑いが零れた。 まさに診察サボろうかと思っていたのは内緒だ。 「最近調子はどう?」 診察室に入り椅子に座ると、いつもと変わらない質問から問診は始まった。 「…栄養剤の流れが悪い気がする。」 「吐いたりはした?」 「…した。少し腸の動きも悪いと思う。」 「ん。分かった。ベッドに寝転んで。」 ベッドに寝転び膝を立てると、秦先生の温かい大きな手が下腹部に触れた。 「少し膀胱張ってるね。ちゃんとおしっこ全部出した?」 「…っ、出した。」 「そっか。少し気になるから、後でエコーで診てみような。」 腹を打診してから聴診器を当て大腸の蠕動運動の音を聞いていた。 「確かに動き鈍いね。便の感じはどう?黒っぽくない?」 「黒くない…普通のやつ…。」 「少し便採らせてね。まだ炎症は起きてなさそうだけど…。」 「朔くん下脱いで準備しようか。脱いだ物はこの籠に入れて置いてね。すぐに先生戻って来るから、壁側に向いて寝転んで待っててね。」 秦先生が、一旦診察室を出て行き 診察に着いていた看護師が声をかけ、診察台の周りのカーテンを閉めて出て行った。 「朔、準備できたか?開けるよ。」 俺は壁側を向いて寝て居るから、秦先生がカーテンを開け入って来る気配を感じた。 「先に直腸診させてな。」 足元のタオルが捲られ、ゴム手袋を嵌めた秦先生の指が潤滑剤の滑りを借りて、蕾を押し開け入ってくる。 「…っ…ふぅ。…んんん……気持ち悪ぃ。」 「よしよし、気持ち悪いよなぁ…。もう少し入れるよ。力の抜き方上手だよ。」 直腸をぐるりと撫で診察をする秦先生は、ゆっくりと腰を摩ってくれて、異物感に腰が引けそうになると強めにトントンと撫でられ、直腸に向いていた意識を腰へとずらしてくれる。 何度もされてきた診察でも苦手な事には変わりなくて、毎回こうして秦先生が誘導してくれていた。 「直腸は大丈夫そうだよ。便の採取するね。」 コレ…ほんと嫌いなんだよ。 「待って、あんまり奥まで入れないで。」 「朔…苦手だもんな。…ちょっとこっち見れるか?」 秦先生に言われて振り向くと、トレーに入れられていた採取キットを見せてくれた。 「ぇ、長ぇんだけど。」 見せてくれた採便用の綿棒は、細いけどかなり柄が長くて柔らかい素材でできているのか緩やかにしなる。 「…そう。結構長さがあるんだ。奥の方の便を取りたいから少し頑張ってもらわないといけない。看護師呼ぼうか?」 「…看護師さんはいらねぇけど、俺その長さは無理だわ。耐えれる気がしねぇもん。」 「じゃあさ…体制変えてみようか。四つん這いで肘着いて。」 秦先生に言われてのそのそと体制を変えた。 四つん這いで肘を着くと、腰が高くなってかなり恥ずかしいけど、綿棒が奥まで入りやすくなるのが分かってるから、採便が終わるまでの我慢。 洗腸をする時もここまで腰を上げた四つん這いにはならないが、ベッドに上体を預けてするのと同じ要領だった。 「深呼吸しててな。深く吸って〜…長〜く吐くを繰り返すよ。」 「…ふぅぅ…っ!…ゔうぅぅ……先生、もう無理!」 「今半分ね。呼吸が浅くなってるよ。」 腹の中をカテーテルが入るのすら嫌なのにそれよりも存在感ある硬さの綿棒が奥に進んで来る感覚に腰を捩って逃げを打ってしまう。 「さ〜く、動かない。もう少し入れたら便取って終わるからなぁ。」 「…ぅ…んち…出そう。」 実際には出ないけど、排便欲求から力んでしまう。 だけど他の人よりも遥かに弱いこの力みでも綿棒で腸壁を傷つける原因になる。 「力まないよ。腕を前に伸ばしてみな。…そう。もう腰下がっても大丈夫だから。」 綿棒から手を離した秦先生に腰を摩られ、腕を前方に伸ばした。 こうすると俺は腹に力が入れられなくなる。 「臍の奥が痛くなるけど、息止めないでね。」 綿棒でこ削ぐように採取するから、必然的に痛みを伴ってくる。 この時に痛くて息を止めると、無意識な内に腸壁に力が加わるらしい。 「スゥ…ハァー…スー…ハァーッンん"!…ってぇー…。」 「…痛かったな。ちゃんと採取できたからね。 夜に洗腸する時に少し出血すると思うけど、すぐに止まる血だから心配いらないからね。もう服着ていいよ。」 ほんの僅かに痛みに耐えた瞬間に腸壁が強く動いて、僅かに出血してしまったらしい。 普段鈍い動きしかしない癖に…。

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