20 / 40

第21話

「もう一回頑張ろうな。膀胱に入れる前のツンと痛い所で、おちんちんを前に伸ばすんだぞ。カテーテルは抜かずに我慢な。」 「……痛いの分かってんなら、もうお終いにしてよ! 俺自分で導尿できなくてもいい。」 今日は排便欲求もあり一段とイライラしていて、失禁してしまった事で集中力が完全に切れた朔は、処置台から降り勝手に着替えを始めて帰り支度をしまう。 「さ〜く、まだトレーニング終わりじゃないだろ。時間いっぱいはするぞ。」 「しないっ!もうトレーニングお終いにする。俺のちんこ可哀想だし。」 「…可哀想なら尚更おしっこ出せるようにしてやらないとだろ?朔は管を入れないとおしっこ出すのが難しいんだ。それにおしっこをお腹に溜め続けてると病気になるからな。」 「……うるさい!もうしないって言った!帰る!」 トレーニングルームから松浦先生の静止を振り切り、走って出て行った朔に溜息をつき松浦先生は後を追い掛けた。 運動神経のいい朔は自慢の俊足で、あっという間に外来診察室前を抜け待合室まで駆け抜けて来た。 もう少しで玄関の自動ドアという所で松浦先生に腕を掴まれてしまう。 「ッ!離せー!帰る!帰りたいぃー!」 「叫ばないの。朔はちゃんと頑張れる子なんだから。トレーニングルーム戻るぞ。」 「嫌だ!もうしない!まっちゃんの鬼!悪魔!」 「はいはい…ほら、他の子がびっくりしてるから落ち着きな。帰るならお母さんにお迎えの連絡しないといけないだろ。」 「俺、一人でも帰れる。ぁ、嫌だ!下ろせよ!」 待合室の一角にあるフリーペースで遊んでいた子達が、朔の大声に驚きこちらの様子を伺っていた。 そんな事に気づく余裕のない朔は、その場にしゃがみ込んで抵抗を続けていた。 意地でも動く気のない朔の身体を抱え上げた松浦先生は、仰け反り降りようと藻掻く朔を抱えたままトレーニングルームへと歩いて行った。 トレーニングルームの奥にある畳み貼りの休憩室に入ると、ようやく下ろしてもらえた。 その途端またしてもトレーニングルームの入口に向かい逃走を試みる朔。 「朔、いい加減にしろよ?」 「うるさいなぁ!早く母さんに電話しろよ!もう帰るって言ってんだろ!」 「…電話してやるけど、先に導尿は済ませるぞ。」 「しないって!もうまっちゃんとトレーニングもしないし自分で導尿もしないから。」 「ちょっとこっちに来な。」 トレーニングルームの入口から動かない朔を引っ張り再び休憩室に入るとテーブルの前に座らせ、松浦先生は一度休憩室から出てある物を取りに行った。 「自分で導尿しないって事は、昼間からこの留置カテーテルを入れとく事になるんだぞ。 分かってると思うが、このカテーテルを入れると歩く事すら危ないから、車椅子で生活しないといけなくなる。 友達と歩いたり走ったりできないし、常にこの尿パックも持っていないといけない。 朔は身体を動かすのが好きだと思うけど、それは全て制限されるからな? 今までどおりの生活を送りたいなら、自己導尿をする。 もう動けなくていいって言うなら、お母さんに連絡するから迎えに来てもらって帰りな。」 「……いいし…別に。自分でしなくても母さんがしてくれる…もん…。」 「あのな…朔。 導尿するのは、これから一、二年先の話だけじゃないんだ。 今から二十年、三十年…朔が大人になってからも必要な処置だ。 近い未来だと林間学校や修学旅行だな…泊まりが必要な行事にお母さんは着いて来られない。 だから今から自己導尿の練習をして、四時間置きに自分で排尿ができるようにするんだろ? 大人になってもそうだ。仕事先にお母さんは着いて来られない。 もし…ん〜そうだな。朔のお父さんみたいに時々遠くにお仕事で、出張しないといけなくなった時にも困るよな? その時にも今みたいに他の人の手を借りて、排尿する事が難しい場面ってのは山ほどあるよ。 朔が言うようにお母さんにしてもらうって言うのは、自己導尿したくないから言っている甘えで逃げだ。 朔はこれから何十年も生きないとならない。 必然的にお母さんの方が先に年をとる。 分かるよな?…生きて行く上で排泄行為は、みんな必ずしないといけない。 それも一日に何回もだ。 しばらくよく考えなさい。 答えが出たら、俺の所に来て。」 俯いてしまった朔の頭をポンポンと撫で、松浦先生は静かに休憩室を出て行った。 パタンと扉がしまった音に耐えていた涙が零れ落ちた。

ともだちにシェアしよう!