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第25話 管理入院
平日の半ば……そう、今日から管理入院だ。
小腸のない俺が、高濃度の栄養剤の注入で体調の改善を促すための入院だ。
その為、朝から洗腸の処置をして病院に行く。
とは言え今朝も朝帰りしていて、今リビングのソファーでグダグダしてんだけど。
病院で栄養剤の注入をするから、家でしないだけ楽だ。
「朔、今日から病院だよね?暇なら僕のゲームソフト持って行く?」
四男の匠がゲームを入れているバックを手にやって来た。
「…いいわ。ゲームどころじゃねーし。」
直腸からチューブを入れての栄養剤の注入は、必然的に排便欲求が強くなり、頻繁に力んでしまいゲームどころではない。
その上注入中は、ベッドに寝転んでいないといけなくて、寝返りを打って気を紛らわせる事しかできない。
しかも寝返りを打ち過ぎると嘔吐に繋がる事もある為、看護師から注意される事もしばしば…。
「朔、そろそろ洗腸しとかないと病院行く時間遅れるよ。」
キッチンで兄貴たちの弁当を包んでいる母さんが声をかけてきた。
はぁ…面倒くさ…。
「…今、そんな気分じゃねぇし。後でする。」
「後でするじゃないの。洗腸は時間かけてしないといけないんだから先にしなさい。」
「…うるせぇな。後でするつってんじゃん。」
「こら、母さんにその口の利き方はすんな。」
「ってぇな。…やればいいんだろ。やれば。」
歯を磨いていた蒼に頭を小突かれ、捨て台詞を吐きリビングを後にした俺は機嫌が悪いまま二階の自室に戻った。
できる事なら病院で栄養剤の注入は受けたくない。
だけど今も腹の調子は良くないし、昨日の夕方に測った体重も先週からまた二キロも落ちていた。
思い通りにいかない身体にイラつき、家族に八つ当たりしているに過ぎない。
こんなやり方は最低だって分かってはいるけど、鬱憤が抑えきれなくてさ…。
部屋のクローゼットからバスタオルと防水シートを出し床に広げた。
「なんでこんな事しないとなんねぇんだよ…。」
毎日繰り返すこの洗腸。
この処置をきちんとしてないとすぐ調子が悪くなるひ弱な身体が情けなかった。
幾ら喧嘩が強くなったって、身体が丈夫になる訳でもなくて、周りにこんな処置をしている奴なんて誰一人居ないのに…いつも辛い思いをしているのは俺だけだ。
病院に行けば嫌でも現実を直視させられて、暴れれば抑えつけられて治療を受けさせられる。
必要だ…大切だ…そんな言葉は飽きる程聞いた。
そんな事全部分かってんだよ。
分かってても…理解してても…この頃、特にやりたくない気持ちが勝る。
不良仲間とつるむようになって尚更だ。
喧嘩をする自分がカッコ良くて、路上で屯ってる姿に優越感を覚えた。
だからこそ変なプライドが邪魔をする。
処置をする自分が、恥ずかしいし……
処置をしないとみんなと同じように生活出来ない事が、情けないと感じるのだ。
暗い靄が胸の内に漂い大きな溜息が溢れる。
床に広げた防水シートを見つめ座り込んだ。
洗腸をせずに病院に行けば必然的に看護師に管を入れられる。
半ば諦めるようにベッドに上半身を預け洗腸用のカテーテルを肛門に入れた。
気持ち悪い感覚が背筋を這い、その不快感に直ぐに手を止め洗腸液を流し込んだ。
我ながら雑な処置だと思う…。
だけどやらないよりはマシだ。
パットを股にあてて床に仰向けになり腹をさすった。
次第にグルル…ギュルル…と大腸の唸り声が聞こえて、パットに温かい液体の感触が広がり始める。
その液体の広がりが収まった頃に起き上がり、ウェットティッシュで尻を拭い洗腸を終えた。
パットには、水溶便が僅かに出ているだけで、先生達からしてみれば、まだまだ洗腸を繰り返さないといけないレベルだと思う。
処置道具を全て片付けると、部屋の扉の傍に置いていた入院バックを手にリビングへ降りた。
「洗腸できた?もう少ししたら家出るからね。」
慌ただしく家事をこなしながら母さんは言った。
もうみんな出かけて行った後で、リビングはしーんと静まり返っていた。
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