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第29話

チューブの先についたシリンジから洗腸液をゆっくり流し込まれ、臍の上の辺りに人肌に温められた液体が広がる感覚がした。 しだいに腸がグルグルと動き始めて、尾骨から肛門にかけての筋肉がギューと収縮し、排出するための動きに若干痛みを感じた 「…横向きたい。」 「横向くの?…いいけど、足曲げて丸まらないでな。」 枕を腕に抱えるように横向きになり、腸の動きの妨げにならないように膝は伸ばした姿勢を取った。 「山添さん、尻痛ぇんだけど。その割には出そうにない。」 「この辺?確かに収縮運動してるな。少し力んでみな。パット押し当てとくから。」 尻に吸水パットを押し当てて、尾骨の下をグッと指圧してくれた。 そうすると収縮運動は楽になるけど、まだ排便する感じはない。 だけどあてられているパットが湿っぽくなって来たのが分かり、腹を摩ってマッサージしながら少しでも排便を促す為に力んだ。 「もう出ない。でも便下がって来たかも…。」 「そっかぁ。もう一回液入れるな。これでも自力で排便するの難しいようだったら鉗子持って来るな。」 「それは絶対嫌だ!鉗子やるなら帰る。」 「帰るの?それは困るなぁ。」 「…ぇ?」 突然山添さんの声が変わったのに驚き振り返ると、白衣姿の秦先生が部屋に入って来ていた。 「なんでいんの?!外来は?」 「元々今日の外来は、東雲先生の代理だったからね。それより朔調子悪そうだね。前回の採便の結果的にもだいぶ腸荒れてるよ。便が出にくいのもそれが原因だろうね。触診するよお腹触るね。」 秦先生にくるりと仰向けに体制を戻されて、腹部の触診が始まった。 「…ぅぐ。そこ張ってるから強く押すなよ。」 「ほんとだね。便も硬そうだよ。これは鉗子で取っちゃった方が楽だと思うけど。」 鉗子で便を取ると言うのは、肛門に柄の長い鉗子を入れて、便を崩して取り出す処置の事だ。 この処置は、痛みも伴うが、仰向けで膝を胸に寄せて抱える体制で行う為、羞恥的苦痛の方が辛い。 「鉗子が嫌なら頑張って出すしかないね。臍の辺りに力を入れるように意識して力んでね。」 「分かってる。何度もやってんだろ。」 力めって再三言ってくるけど、それができてたらこんなに苦労してない…。 トレーニングのお陰で昔よりも力む力はついたけど、それでも自力で排便する事は困難だった。 秦先生に肛門に挿入したチューブから洗腸液を流し込まれ、山添さんに手の平で強めにマッサージされ排泄を促された。 頻りに便の下がってくる痛みはあるもののやはり出て来る気配はない。 頑張って力み続ける俺の額には薄ら汗が滲み始めていた。 「っ、くぅー……ンはぁはぁ……ふンー……はっはぁはぁ……」 「…出ないねぇ。もう限界かな。山添くんやっぱり鉗子持って来ちゃって。」 「はい。そろそろ限界ですよね…取って来ます。」 山添さんは、俺が息を整えている間に足早にナースステーションに行ってしまった。 「…ハァ…はぁ…嫌だ。自分で出すから、鉗子はしたくない。秦先生お願い。」 「朔、身体は限界きてるよ。栄養剤入れる為にも体力温存しとこうね。」 頭をポンポンと撫でガキみたいに接して来るが、疲れからか反抗する気力も湧いてこない。 「持って来ました。朔、体制変えような。」 「嫌だつってんじゃん!触んなっ!」 山添さんに足を抱え込まれ膝を胸に寄せられるのを身を捩って抵抗した。 鉗子なんか突っ込まれてたまるか! ってか、この体制大事なところ丸見えだから嫌なんだよ…。 「…1人で抱えるの無理そうだね。ヘルプ呼ぼうか。今日他に男の看護師は誰が居る?」 「今日は、吉川が居ます。」 「ぉ、丁度いいね。呼ぼう。」 PHSで男性看護師の吉川さんにヘルプの要請をした秦先生。 ナースステーションの奥の病室だから、ものの数分で吉川さんが顔を出した。 「お待たせしました。朔、久しぶりだね。」 「…来んなや。呼んでねぇし。」 「はいはい。相変わらずお口が悪いなぁ。ほら、処置してもらえるように足抱えるよ。」 「嫌だっ!すんな!ぁ、2人がかりは卑怯だろ!」 山添さんと吉川さん2人に足を抱え上げられ、赤ちゃんのおむつ替えの体制を取らされた。 膝裏を押し返し抵抗しても大人2人には適うはずもなくびくともしなかった。

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