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エピローグ 神に誓う

 フェリックスは挙式の準備が整うまで最低半年と言っていたが、結局フェリックスとマコトが結婚式を挙げるまでに一年が経った。  当日は早朝から忙しかった。  マコトは早起きすると、大急ぎで朝食を食べさせられた。王城の自室で、この一年間学んだテーブルマナーを実践しつつもできる限りの速さで完食した。  朝食が終わると風呂に入れられ、風呂から上がると侍従やメイドたちに着せ替えられる。顔には化粧水を塗りたくられ、髪を梳かされ、香水を吹きかけられる。みんな、マコトを少しでも立派な姿にしようとがんばってくれているのだ。  姿見の前に立つと、純白のタキシードに身を包んだ自分がそこにいた。胸には白い薔薇を挿してある。   「わあ……」  着飾った自分は、我ながら格好よく見えた。  マコトは顔を輝かせて、左右に角度を変えて鏡を見てみる。 「ご確認できましたね」  と言って、侍従の一人に眼鏡をスッと外されてしまった。 「本日はこちらは無しでお願いいたします」 「え、ええー!?」  眼鏡なしで結婚式に挑むだなんて、聞いていない。  眼鏡を取り戻す術はなかった。  その後もなんだかんだ忙しく、式本番までフェリックスと顔を合わせることはできなかった。  彼はどんな風に着飾ったのか、楽しみにしていたのに。  待合室でドギマギと待っていると、遂にマコトが入場する番になった。  扉が開き、楽器の演奏が鳴り響く中、マコトはバージンロードをゆっくりと踏みしめた。  両脇では、参列客たちがマコトにじっと視線を注いでいる。  眼鏡がないからぼやけてよく見えないが、最前列にはグラントリアスがいると聞いている。他にもギルドの職員たちが来ているとか。 「マコト、がんばれよ」  横合いからこそりと声がした。  ちらりと視線を向けると、ぼやけた視界でも赤と青のオッドアイが見て取れた。 (カインくんも来てくれたんだ……!)  心の中でありがとう、と感謝の念を送った。  マコトはさらに歩む。  バージンロードの先には、純白のタキシードに身を包んだ人物がいる。  眼鏡のない視界には顔ははっきりとは見えないが、彼――――フェリックスだ。  逸る気持ちを抑え、リハーサルで練習した通りの速度で歩む。  ぼやけていた彼の顔が一歩ごとにはっきりとしていき…… 「……っ!」  ついに明瞭に見えたフェリックスの顔に、思わず息を呑んだ。  今日の彼は、一段と男前だった。髪を後ろに撫でつけ、整髪料で固めてある。垂れた翠緑色の瞳は、穏やかな眼差しでマコトを見つめていた。  時を忘れて彼に魅入った。 「マコト、綺麗だ」  フェリックスの小さな囁き声で、ハッと我に返った。  はにかみながら、彼の隣に並んで立った。  参列客たちに背を向け、前に立つ神官に向き合う。  この世界で信仰されている神に向かって、二人の愛を誓い合うのだ。  白髭の神官はまず、フェリックスに視線を向けた。 「汝、フェリックス・ロイ・グランオールブライトはマコト・ユキシタへの愛が永遠であると神に誓いますか」 「誓います」  堂々とした声が、チャペルに響いた。  迷いのなさに、彼からの愛を感じる。  神官は重々しく頷くと、今度はマコトに視線を向けた。 「汝、マコト・ユキシタはフェリックス・ロイ・グランオールブライトへの愛が永遠であると神に誓いますか」  マコトはこれまで生きてきた中で、一番自信に満ちた大きな声で答えた。 「――――誓います」  神が目の前にいたって言えるだろう。  彼への愛は永遠であると――――。

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