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お願い
「俺を抱いてください」
──ってね。
それを聴いて何となく得心してしまったのは、伊吹の『悩み』を聞いていた時から感じていた、ちぐはぐな違和感のせいだろうか。
何だか、どこか話の辻褄が合わない感じをずっと燻らせながら伊吹の話を聴いていたのだ。
『最初は、嫌だったんだけど』
『閑さん、怖かったし』
『でも、一度終わったらもう引き下がれなくて』
『ずっと──このまま』
よく考えたら、どうしてそんな関係になったのか──事の始まりをあの幼馴染みは話さなかった。上手いことはぐらかされた……いや、濁された?
伊吹ならやりかねない。だって、ぼんやりしてるくせに、頭の回転が早くて、昔から隠し事が得意だった。
だから私はいつも、彼の心労がピークになるまで助けてあげられない。
いつも、伊吹は「ありがとう」と言う。「聴いてくれて、気付いてくれてありがとう」と。もっと早く助けてあげたいのに。
いつも伊吹は、気付いてくれるだけで嬉しいみたいな反応するから。いつもギリギリまで踏み込めない。
「それでさァ、マスミちゃん」
私の心境を知ってか知らずか──知っててスルーしてる気がする──閑さんは話を切り替えた。
「伊吹に会えなくなるって、どういうことかなァ」
「……もう終わりなんですか? 『始まって』から1分も経ってませんけど」
「俺ばっかりずっと話してるのはフェアじゃないでしょー?」
この人の辞書に『フェア』なんて言葉あったのか。
「……伊吹、もうすぐ引っ越すんですよね」
「……」
「貴方も知ってると思いますけど、伊吹の家はだいぶ放任主義で、両親ともによく家を空けているから伊吹はいつも家に一人なんです」
最近は、どこかの誰かさんの家にいるみたいだけど。たまに帰ってきては人目を気にするようにコソコソと家の中に消えていく。
「それで、伊吹を含め私達は来年受験生です。体が資本の受験生があんな不健康なようじゃダメでしょう?」
背中を冷や汗が伝う。
「だから、学年が変わる前に親元で生活リズムを整え直そうっていうのが月詠家の考えなんですよ」
前に伊吹が言ってた。「今更心配し出したんじゃない?」って。「俺はまだ大学に行くかも決めてないのに」って。
その言葉の裏にはきっと、「閑さんの傍にいたいのに」もあったんだろうな。
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