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ターン

「……どういうことかなァ」  伊吹からそんなこと、一言も聞いてないんだけど。 「今言ったでしょう、伊吹は意思疎通とか、自分の事を伝えるのが極端に苦手なんです」 「じゃあ、その先が聴きたいな」 「これ、閑さんの話を促すには十分な話じゃないですか? 今に至るまでの経緯を事細かに話していただければ、おまけでさっき伊吹が言っていた本心もお教えしますよ」 「何それェ? ずるいなァ」  貴方に言われたくないですけどね。今までであった人の中で一番狡い人ですよ、貴方は。 「貴方のターンです、閑さん。どうか、私が伊吹のことをもっと話したくなるように話してくださいね」  伊吹のためにも。 「うわー、悪役。悪役感すごいよマスミちゃん。このままだと俺が正義の味方になっちゃうじゃん? それはちょっとミスキャストっていうかさァ」  自分が悪役だっていう自覚はあるらしい。さっきから思ってたけど自覚あって直さないのは本当にタチが悪い。 「……伊吹に『お願い』された時、俺は聞き間違いかと思ってさっさとその場を去ろうとしたの」  コーヒーを一口、ゆっくりと嚥下してから閑さんは喋り出した。 「欲求不満溜まっちゃってんのかなーとか思って、とは言ってもまさか幻聴のお誘いに乗っかるわけにはいかないからさ、早く帰ろうと思って後ろ向いた瞬間だよ」  脚を少し横にずらして、閑さんは脛のあたりを指さした。 「このあたりの制服をぎゅっと掴まれたの。伊吹は座り込んでたから、震えた体じゃまあそれが精一杯だったのかもしれないけど、ある種の恐怖だよねェ」  こんなところをさァ、暗い路地でいきなり掴まれるんだよ?  恐怖とか言いながら、閑さんは特に何でもないようにカラカラと笑う。 「伊吹の目は本気だったからさ、流石に無視できないなって思って。取り敢えず宥めてみることにしたんだ」

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