91 / 103

初めて聴いた

 ──……こんな恋ならしたくなかった……  ガヤガヤという騒音に混じって、伊吹の声が静かに流れ始める。  閑さんは目を見開いた。それでも、一回しか流さない、というのが効いたのか、一言も言葉を発しない。  ──……俺、閑さんが何を思ってこんなことしてくるのか、もうずっと分からなくて………怖い、んだ……  閑さんは俯いた。和音さんの色違いみたいな長い髪が表情を覆っている。  ──閑さんは…俺の顔、綺麗、だ、って…言ってくれ、て………っ  ぴくっと閑さんの肩が震えた。心当たりがあるようで、僅かに上がった顔は困惑していた。「何でそんなこと覚えてるの」と、言っている気がした。  ──……おれ、は、好き、だけど……閑さんは…っ違うから……──閑さんをどう思ってるか、訊いてもいい? 「ち、が……いぶき……」  閑さんの顔がすうっと青ざめた。ああ、この二人は、揃いも揃ってこうなのか。  ──……傍若無人で、無責任で、大嫌いで、器用な人で、独占欲が強くて、……  閑さんは再び俯いた。ゆっくり、がくりと。糸が切れたみたいに。 「ここからが一番聴いてもらいたいところなんで、気を確かにしてくださいね」  ──……かっこよくて、大好き……だけど、こんな関係にはなりたくなかった  閑さんは静かに口元を押さえた。肩が小刻みに震える。  ──終わらせたい? ──……もう会えなくなるのは、嫌だ。  再生を終えたスマフォをしまうと、私は大好きな幼なじみに対するお節介をまたひとつ焼く。 「伊吹、多分今は家にいますよ」  こくん、と頷いて閑さんは席を立っていった。  もう一度スマホを取り出し、今度はLINEの伊吹とのトーク画面を開く。 『今終わったよ。多分これからそっちに閑さんが行くと思う』  少しして、既読がつき、『分かった。ありがとう』というメッセージが届いた。  それを確認して、またしまうと、閑さんが座っていた席に目を向ける。 「……揃いも揃って、臆病者め」  まったく、漫画じゃないんだから。  テーブルの端に零れていた透明な雫は、拭っておいてあげた。

ともだちにシェアしよう!