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第七章・6

「愛人という肩書に、泣いたこともありました。自由が欲しい、って」 「だから、水族館のイルカを見て悲しそうな顔をしていたんだね」 「でも。正吾さんがもうすぐいなくなってしまう、って知って。そしたら……」  ぽろぽろと、朋は涙をこぼした。 「僕は、愚かです。こうなって初めて、正吾さんを愛してたんだ、って気づくなんて」 「泣いていいよ、朋」  竜也はソファから腰を浮かして、朋の隣へ寄り添った。 「さっきも言ったけど、私のことを父さんの代わりにしてもいいから」 「竜也さん」 「急いで私のことを、好きにならなくてもいいから」  私はいつも、朋の隣にいるよ。  朋は、竜也の胸にすがった。  その服をしっかりとつかみ、泣きじゃくり、竜也の名を呼んだ。  名前を呼ばれるたびに、竜也は優しく朋の名をささやいた。  髪を梳き、手をさすり、背を撫でた。  アイスコーヒーの氷が溶け、小さな涼しい音を立てる。  氷が全て溶けてしまうまで、こうして朋を泣かせてあげよう。  竜也は、ただ優しく、彼の名をささやき続けた。

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