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第十四章 誘拐

 正吾の遺言は、いたってシンプルだった。  大きく分けて、二つ。  一つ目は、遺産の分配だ。  その巨額の資産や不動産は、ほぼきれいに四分割されて、それぞれに遺された。  竜也、理紗。勇生に、十和子。 「私、面倒な遺産なんかいらないのに」 「母さん」  ちょうどその頃、理紗が会場へ戻って来た。 「朋は? どんな様子なの?」 「ホテルの医療スタッフさんが、声を掛けてくれてね。診てくれる、って」 「良かった」  これが終わったら、医務室へ行こう。  そんなことを小声で話しながら、二人は弁護士・中西の声に耳を傾けていた。  二つ目は、クルス・不動産の代表取締役社長の跡継ぎだ。  順当にいけば、これは勇生が手にすると思われた。  遊び人とはいえ、社長の息子として専務取締役の肩書を持つ勇生だ。  春に主任になったばかりの竜也とでは、格が違う。  だが、正吾の遺言はこの常識を覆してきた。

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