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第十七章 脱出
早く、この忌まわしい部屋から脱出を。
そう急いて、だが足取りは慎重に、竜也は歩いた。
勇生に怪しまれれば、全てが水の泡だ。
しかし、そんな彼を呼び止める声が、背後から聞こえた。
「お待ちなさい」
女の、声。
十和子だ。
「竜也さん。戻って、ここで一筆書いていただけない?」
「一筆?」
「誓約書。あなたが、遺産の全ての相続権を放棄する、と書きなさい」
しまった、と竜也は考えた。
(そう、来たか)
あと少しで、というところだったのに!
「……いいでしょう」
腕に縋りついている朋に笑顔を向けると、竜也は再びリビングの奥へと戻った。
天板がガラスのローテーブルには、便箋が一枚とペンが準備してある。
竜也は、震えそうになる手を必死でこらえて、ペンを走らせた。
『私、風野 竜也は、父、来栖 正吾の遺産全てを相続放棄いたします』
印鑑はないので、竜也は朱肉に親指を当てて、拇印を押した。
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