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第3話

 彼はジャックとは逆の一番端の席に座り、いつものとマスターに告げる。そうしてしばらくして置かれたコープスリバイバーに口をつけた。  ジャックはその様子を放心したようにじっと見つめていたが、マスターの目配せではっと我に返った。このまま眺めているわけにはいかないと、ジャックが彼に近くまでいこうと立ち上がると急に彼が一人で話し始めた。 「…………昔、大好きな人がいました。本当に大好きで、俺はあの人を愛していました。どんなことがあっても離れないって、約束して」 「…………」  そういって左手の薬指をさすった彼の指にはジャックが見覚えのある石のついた指輪が光っていた。  小さな緑色の石のひかる指輪は、魔除けにもなると露店ですすめられ、これなら自分たちに似合うと二人でお互いに買ったものだった。 「だけどあの日、あの人は俺を置いていなくなってしまいました。何があっても離れないって、そう約束していたのに」 「違うんだ、それは……」 「嘘つき」  それまでカウンターを向いていた彼は、今、はっきりとジャックの目を見つめていた。そこから近づくな、とでも言うような強い視線に、ジャックは固まったまま動けなかった。 「離れない、置いてかないって……言ったじゃん。それを……勝手に消えて急に戻ってきて!今更なんなんだよ!」 「違うんだ。連絡しようとしたんだよ。話もしたかった……だけど、お前の電話は全くつながらないし、裏切るようにここを離れた自分にはできる方法がなかったんだ……いや、違うな。……悪かった。何を言っても言い訳にしかならない。どんなことがあっても離れるべきじゃなかったんだ。ごめん……」 「そんなんで許すわけないだろ!こんな……こんな何年もずっと消えておいて。俺が、俺が、どれだけ……」 「悪かった。許して思おうとは思っていない。でも……」  ジャックはそこで言葉に詰まる。言いたかった、伝えたかった、会いたかった……今までの思いが一気に溢れだしてくる。感情が抑えられない。 「でも俺は、とにかく会いたかったんだ」 「………」 「どうしても……お前に会いたかったんだ……っ」  そういって、ジャックは涙ぐんで言葉につまった。  静かに店内の時計の音と、気を利かせて裏口にまわったオーナーがつけた煙草のライターの音がやけに響いた。    しばしの沈黙のあと、彼がポツリとつぶやいた 「俺は絶対に許さない。あの日、勝手にいなくなったことを絶対に忘れることはできない。………けど」    一旦言葉に詰まった彼は、ジャックを真正面から見つめた。その瞳は涙で濡れている。 「だけど、会いたかった……。ずっと、ずっと、ずっとずっとずっとずっと!!毎晩毎晩、お前を探して彷徨い歩くほど、お前に会いたくてたまらなかった……!」  そういって立ち上がった彼が早かったか、歩み寄るジャックが早かったか、どちらからともなく抱きしめ合う。  ジャックが抱きしめた彼の身体は自分と同じくらい、いや、それ以上に驚くほど冷たかった。  さっきまでの言葉は本当だったのかもしれない。今日も自分を探してずっと街を歩いていたのかもしれない。  そう思うと、ジャックはたまらず彼の身体を強く抱きよせた。 「寒かっただろ」 「もう凍っちゃったよ。寒さもわからないくらい」  クスリと笑うその顔は、10年前と全く変わりない笑顔だった。  彼は10年前と何一つ変わっていない。すぐ拗ねたような表情をするのもとても愛らしい。自分を好きでたまらないというような瞳の奥も……何も、かわりはしない。  ――その一晩は二人にとって忘れられない夜となった。  

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