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1日目⑤

 楚雷蒙(そ・らいもう)に招待された夕食の時間まで、文維(ぶんい)煜瑾(いくきん)小敏(しょうびん)の3人は、ホテルの周辺を歩いて時間を潰すことになった。時刻は5時半で約束の時間まで1時間半あった。  ホテルを河原町側から出ると、目の前に京都市役所がある。1927年からあるレトロな建物だ。  まず3人は横断歩道を渡って、市役所の正面へと向かった。 「時々、ここでフリマとかあるんだよ」  小敏が広場を指さして説明すると、芸術家肌の煜瑾は、 「美しい建物ですね」 と、左右対称のネオ・バロック様式という建築に関心を寄せていた。その場所で、タブレットで数枚の写真を撮り、煜瑾は満足した。  市役所前を通り過ぎ、小敏の案内で、3人はもう一度横断歩道で御池通りを渡る。そこは寺町通り商店街と呼ばれる、これまたレトロなアーケードだ。  老舗らしい店構えの和菓子店や、日本人なら誰でも知っている本能寺などを横目に、画廊や画材店も煜瑾の関心をそそる。  京都らしいタケノコやマツタケの小売店を珍しそうに眺め、三条通まで南下した。 「ほら、『カニの看板』!」  嬉々として小敏が煜瑾の手を引っ張った。 「うわ~、動いてます~」  煜瑾は、驚きと感動に目を見張り、茫然と緩い動きの大きなカニを見つめている。  気が付くと、あちこちで中国人はじめ海外からの観光客が、有名な「動くカニの看板」を夢中で撮影していた。その中には、クールな文維までがスマホでビデオ撮影をしていた。  煜瑾のタブレットで、「カニの看板」を背景に文維と煜瑾の動画を撮った小敏は、大笑いをする。 「もう!小敏は、笑いすぎです」  恥ずかしがり屋の煜瑾は、小敏が笑いすぎるので周囲の人々の視線を集めていると思って、はにかんでいた。  実は、人々はモデルやアイドルのような美青年が、ひょうきんな動きをする「カニの看板」と笑顔で撮影している、という妙な取り合わせが気になっていたのだが、そのことに気付いているのは小敏だけだった。

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