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3日目③

 皇室の門跡寺院である実相院(じっそういん)の外壁には、白い横線が5本ある。 「あの線の数で格式が決まるんだって。5本は最上位だよ」  バスを降りてすぐ、小敏(しょうびん)煜瑾(いくきん)に説明した。  煜瑾は、その壁の向こうから滝が流れ落ちるように溢れる紅いモミジに、すでに目を奪われている。 「美しいグラデーションですね。あの紅い色の濃さも見事です」  うっとりとしている煜瑾が高貴で美しすぎて、小敏は周囲を警戒する。      こっそりと、無断で美しい煜瑾を撮影されて、SNSにでも流されては困るからだ。  そして、実相院の山門に続く石段の下まで来ると、煜瑾は、タブレットを取り出し撮影した。 「日本のお寺らしい、静かで上品な感じがしますね」  上海のお寺のように、黄金に輝いていたり、お寺の外まで音楽のような節回しの伴奏付きのお経が流れてきたりすることのない、日本の歴史的な寺院の静謐さに、感受性の強い煜瑾は、日本の伝統的な「わび・さび」の美学を理屈ではなく感性で感じ取っていた。  拝観料500円を支払い、木造の、いかにもな日本建築様式の建物に入ると、回廊を巡り、庭園に出る。 「わあ…」  それほど広大な庭園では無いが、真っ赤に紅葉した木々の彩りに加え、白砂に落ちた紅い葉の美しさは、まるで和服のデザインのようだと煜瑾は感動した。  この自然の、四季の美しさを、日本人は日常的な衣食住に取り込むのだと、その繊細な感性に感じ入ったのだ。  小敏が思っていたほど、人が少ないわけではなかったが、それでも、小敏と煜瑾が毛氈を敷いた廊下に座り込んでも、迷惑そうにする人はなく、むしろ同じように座ってしみじみと、790年にも及ぶ歴史を持つ寺院の醸し出す「気」を体感しているようだった。 「日本人が、わざわざ紅葉を鑑賞する、という意味が分かった気がします」  日頃から穏やかで気品のある煜瑾だが、さらに高雅さを増した様子で噛み締めるように言った。  それに満足して、洛北の奥にある寺院にまで案内してきた甲斐があると小敏も微笑んだ。 「そろそろ行こうか」  小敏が声を掛けると煜瑾も優雅に頷いた。

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