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5日目⑤

 2人が注文した、この書店の名物メニューの1つであるハヤシライスが運ばれてきた。その前に来た小さなサラダに喜んでいた煜瑾だが、デミグラスソースの甘く濃厚な匂いに、うっとりしたような笑顔になる。 「ハッシュドビーフ、っていうことですか?」  胸いっぱいに美味しい匂いを吸い込んで、満足そうに煜瑾が訊ねると、小敏は少し意地悪く笑って、首を横に振った。 「ハヤシライスは、日本の料理なんだ。食べてみてってば、絶対に美味しいっていうから」 「じゃあ、食べますね」  煜瑾はチラチラと親友の反応を見ながら、スプーンですくったハヤシライスをひと口食べてみた。 「!美味しい!」  小敏は、煜瑾が思った通りの反応をしたことにニンマリした。この味は、絶対に煜瑾が好む味だと分かっていたからだ。  2人はひたすら笑顔で、このハヤシライスを堪能したが、メインのお楽しみはこの後だった。 「ほら、来たよ」 「わ~」  食べ終えたハヤシライスとサラダの食器が片付けられると、今度はセットで注文したデザートが運ばれてきた。 「本当に『檸檬』ですね」  感激した煜瑾が無邪気にキラキラ輝く瞳で言うと、小敏も同じような笑顔になった。 「容器に本物の檸檬の皮を使っているから、香りもいいよね」  それは、この書店ゆかりの小説『檸檬』にちなんだ、有名なレモンケーキだった。  煜瑾はまだ、この小説を読んだことはなかったけれど、小敏から簡単なあらすじを聞いて興味を持っていた。 「小説の最後はどうなるのですか?」  口に残った爽やかな酸味を味わいながら、煜瑾は訊ねた。 「最後は、檸檬をソッと本の上に置いて青年は帰ってしまうんだよ」 「忘れ物?」 「違うよ。その檸檬が爆弾だったら面白いな、そうなったら気分がスッキリするだろうなっていう妄想だよ」  学生時代の不安や不満に、あまりピンと来ない煜瑾だったが、爽やかな檸檬を爆弾に見立てることで少しでも気を紛らわせようとする、一見危険な青年のロマンティシズムが胸をくすぐる、と思った。

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