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6日目⑥
文維が店にいろいろ付けた注文の1つが、椅子席の個室だった。
たしかに、情緒ある純和風のお座敷も素晴らしいのだが、やはり上海人である文維や煜瑾は椅子の方が落ち着いて座れるのだ。
希望通りの個室に案内されると、少ししてお茶が運ばれて来た。
「Are you sure this is the 『Imobo-kaiseki』 meal you ordered?(こちらの『いもぼう懐石』でよろしいですか?)
こちらは注文したわけではないが、担当の仲居さんが英語を話せる人だった。
「Yes. Exactly」
文維が穏やかに微笑むと、煜瑾も優雅に頷いた。
「イモボー?」
飲物を注文し終え、仲居さんが料理を運んで来る前に、煜瑾が身を乗り出して文維に訊いた。
「なんでも京都のお正月には欠かせない、伝統的なお料理だそうです」
海から遠い京都は干し鱈である「棒鱈」を珍重し、それと京野菜の海老芋を炊き合わせた「いもぼう」は、有難い縁起物として京都で愛されて来た。
この店は300年の歴史を持ち、シンプルでありながら、滋味があり、多くの人に愛されて来た、老舗料亭だ。
「〈イモ〉と〈棒鱈〉を合わせて〈いもぼう〉というらしい」
「イモボウ…なんだかカワイイ名前ですね」
煜瑾が無邪気にクスクス笑っていると、お楽しみの懐石が順番に運ばれてくる。
まずは八寸と名物の「いもぼう」だ。
「わあ、美味しそう!」
はしゃぎ気味の煜瑾の前に、大好きな梅酒のソーダ割も置かれた。
上海で親友の小敏に教えてもらって以来、煜瑾は甘い日本の梅酒が好きだった。
文維も、京都で何度も口にするうちに、すっかり日本酒が馴染んでいた。
「ああ、これは美味しいですね」
「甘味が上品で、深みがあります。上海の甘辛い味とは、また違いますが、とっても好きな味です」
上品に柔らかく炊かれた棒鱈も海老芋も、文維と煜瑾の口に合った。
懐石なので、そこからの一連の丁寧に作られたお料理が続いた。
最後の水果を食べながら、2人は本格的な京料理を大いに堪能し、旅の最後の夜として納得のいく夕食となった。
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