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6日目⑦
八坂神社から河原町御池のホテルまでは、2人はゆっくりと散策をしながら歩いた。美味しい物をいただき、楽しい毎日を過ごした煜瑾の胸は満ち足りていて、隣に文維が居るということもまた幸せだった。
その時、文維が優しい声でソッと囁いた。
「煜瑾、明日は帰国です。今夜は…、私の部屋で過ごしませんか?」
「でも…」
煜瑾は、同じ客室を使っている小敏に、一晩戻らないと伝えるのが恥ずかしかった。
「小敏も、そうして欲しいみたいですよ」
「え?」
自分の心を読んだような文維に、煜瑾は大きく黒目勝ちの美しい目を見開く。
「小敏が?」
屈託のない、あどけなさを感じさせる清純な煜瑾の美貌に心を奪われながら、穏やかに文維は続けた。
「小敏は、同窓会で遅くなるらしく、深夜にホテルの部屋に戻ると、煜瑾に迷惑が掛かると心配していましたよ」
「そんな心配いらないのに…」
優しい煜瑾は、そう言って笑うが、文維は何もかも分かったような様子で、ゆっくりと頷いた。
「煜瑾なら、そう言うだろうと分かっていたのですが、小敏は煜瑾を深夜に起こしたくないよのです」
「ん~。では、私が文維にお部屋にお泊りした方が、小敏は喜んでくれるのですね」
「小敏だけでなく、私も大喜びですよ」
冗談めかして言う文維に、煜瑾はからかわれたと思い、トンと軽く突き飛ばした。
「もう、文維ったら…」
2人は顔を見合わせて、クスクスと楽しそうに笑った。
「じゃあ、小敏にメールしておきます」
呑み込みの良い煜瑾がそう言って、スマホを取り出し、メッセージを送った。
(今夜は、文維のお部屋に泊まります)
余計なことは何も書かずに、煜瑾は短い言葉を選んだ。
自分の言いたいことくらい、あの小敏ならば何もかも察してくれるという確信が、煜瑾にはあった。
「うふふ」
思わず声を出して笑った煜瑾に、文維が顔を覗き込んだ。
「どうしました?そんなに私の部屋に泊まるのが嬉しい?」
文維がお得意の濃艶な声で囁いた。その声の甘さに、煜瑾はドキドキして頬を染めてしまう。
「暗いから…手を繋いでもいいですか?」
珍しく煜瑾の方からの申し出に、文維はニッコリ笑って、大きく温かい手を差し出した。
薄明りの中、目立たぬように、文維と煜瑾は手を繋ぎ、ゆっくりと何かを確かめるように歩いた。そして、ホテルに戻った2人の姿は、文維のダブルルームに消えて行ったのだった。
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