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第8話
「騙してたわけじゃないんです。センパイに何かしようとしていたわけでもない」
キタノは必死で言い募る。
「オレはアルファなんか嫌だった。このデカい身体も、やたらとオレに命令してくるような本能も、受け入れられなかった」
キタノはアルファだとわかるのに時間がかかったのだと言った。
ごくまれにいる、成長の遅いアルファ。
そして、自分自身の本能を拒否するタイプの本当に稀なアルファだった。
中学1年、13歳になってからアルファであることが分かった。
アルファは10歳までにアルファになるものなのに。
オメガとは違い、アルファはひと月くらいかけて身体が作り替えられるので、アルファなのだとすぐわかる。
のたうち回る痛みと苦しみの中。
キタノはアルファになった。
アルファになったことを知り、キタノは自死しようとしたくらいだった。
キタノには他の何者を喰らってでも勝ちたいと願うアルファの本能はあっても、その気持ちがなかったのだ。
キタノは人を傷つけるには優しすぎた。
アルファらしからぬ性格。
もちろん。
そんなアルファはアルファの中では生きていけない。
アルファは相手に勝つためだったら何だってする。
キタノはそうすることを拒絶してしまう。
本能に逆らい身体に異常が出ようと。
このままでは死ぬだろうと思われた。
生きる意志もなかったからだ
だが、貴重なアルファだ。
アルファとしての競争はともかく、アルファの能力は高い。
それを失うのは社会の損失だ、
そして何より・・・。
アルファは支配者なのだ。
支配者を消し去ることは出来ない。
出来損ないのアルファでもアルファはアルファ
他のアルファが消しさるのではない限り、粗略には扱えない。
結局、キタノの望み通り、キタノはベータとして生きることがゆるされた。
普通アルファが特別なことがない限り使われることのない抑制剤を投与されて。
これのお陰でキタノはオメガのフェロモンにある程度は耐えられるし、アルファのその他の本能もおさえられる。
そして、アルファはアルファではないモノを競争相手と見なさない。
アルファの本能を抑える薬は、他のアルファからもキタノを守ることになる。
キタノは長生きはしないだろう。
それくらい強力な薬ではあるのだ。
本来は緊急用の抑制剤なのだ。
心臓が悪いのも嘘ではない。
薬の作用によって、心臓に不意に負担がかかるかもしれないのだ。
キタノはそれでも。
アルファとして生きるよりは、ベータとして行きたかったのだ。
アルファはオメガがわかる。
絶対にわかる。
だから、最初からケイかオメガであることは分かった。
本来なら近付かない方かいいとわかってた
オメガに近付くのはアルファでいたくないキタノには危険だった。
オメガの発情にアルファは絶対にあがらえない。
それに、ケイがカプセルによってフェロモンを完全に抑制されていたとしても、アルファがオメガを求めるのは本能だ。
惹かれてしまう。
どうしても。
離れている方がいい。
惹かれてしまう。
ダメだ。
そう思ったのに。
この美術部はやめた方がいい
そう思ったのに。
なのにケイが描いていた絵は、一目でキタノを魅了した。
静かな時間とそこに在る物達が伝える物語。
壊れたガラス
その中にある花
なんて透明な孤独。
美しい。
「センパイの描く絵が素敵で、オレ、好きで、どうしても見たくて」
逃げられなかった。
逃げられなかったのだ。
「センパイごめんなさい。ごめんなさい。オレがセンパイの傍にいてもいいなんて思ってないんだ」
キタノは泣いた。
「でも・・・センパイもセンパイの絵も好きなんだ。好きなんだ・・・」
どういう好きなのかはわかった。
だから苦しんでいたのだとわかった。
キタノは泣いて。
そして断罪を待っていた。
ケイに切り捨てられるのを
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