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 その日は想太と酒を飲んだ日と同じくらい土砂降りだった。授業終わりに大学の講義室の窓から何気なく外をのぞけば、傘もささずに歩く想太の姿が目に入った。俺は考える間もなく部屋を飛び出していた。鞄の中から折り畳み傘を手探りでつかんだ。  想太は傘を忘れてしまったのだろうか。びしょ濡れで帰ったら風邪をひいてしまう。心配だ。心配だ、心配だ。  水が跳ねるのにも構わず、全力で走った。ようやく想太に追いついて、傘を開いてさしかける。  驚いたように想太が振り返った。 「翔吾……」  追いかけてきたのが、俺だと分かるなり、想太がうつろな目をした。 「もうやめて。疲れた」  感情のこもらない平坦な声だった。 「え?」 「期待したくない。優しくしないでほしい」 「そんなこと言われても」 「優しくしてくれるから、嫌いになれない。そういうのが一番残酷なんだよ」  俺はまた、間違えてしまったのか。想太に手を差し伸べたつもりが、傷つけてしまったというのか。でも、それでも。 「オレは、翔吾とは友達でいると決めたのに」  想太が泣きそうな顔で笑う。 「俺は、いやだ」  想太の目を見た。 「……は?」  想太が眉根を寄せる。 「想太にそんな顔、させたくない」  俺は息を吸い込んだ。雨粒が口内に入ってくる。 「想太にそんな顔をさせるくらいなら、友達をやめる」 「ああ、そういうことか。そうだよな、気持ち悪いよな、こんなの」 「違うっ! 想太に笑顔を向けてもらえないのなら、友達でなんかいたくない」  傘の中に入った。想太を引き寄せ、唇を唇に押し当てる。離れると、想太が目を見開いていた。  傘の中で聞く雨音は、増幅されて、ざあっという音に耳が支配される。他の音は聞こえない。世界はこの傘の中だけ、という錯覚に陥る。 「……なんだよ。オレへの情けならやめろ。虚しくなる」  想太が顔を背けた。 「違うよ。俺は『情け』で友達にキスしたりなんかしない。想太は嫌だった?」  想太は無言を貫いた。 「俺は、嫌じゃなかった。正直、まだお前に恋愛感情があるかって聞かれたら、『うん』って即答はできないけどさ、でも、想太が好きだ。想太には泣いていてほしくないって思った。ずっと笑っていてほしい。作った笑顔じゃなくて、心から笑ってほしい。これって、そばにいたい理由にならない?」 「……ならないよ。翔吾が求めているのは友人。オレが求めているのは恋人。ぜんぜん違う」

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