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第3話 発端 其のニ ★

 報告や目撃証言は多数。  今はまだ霊鷲山(りょうじゅせん)側のみで目撃されているが、麗国側に伝わるのも時間の問題だった。 「街道を使う旅人や商人は、足止めを余儀なくされている状態です。このままでは両国の物資の物流が途絶えてしまいます。また迂回をした者が誤って鬼族(きぞく)の生息範囲に入ってしまい、攫われてしまう報告も受けています」  鵺が人や魔妖に危害を加えている様子はない。  だが街道を利用している人々は、実際目にした者の話や噂にすっかり怯え、まだ開拓途中の獣道へと迂回している状況だった。整備されていない道は獣や、野生の知性のない魔妖がいて大変危険だ。  またその迂回として使っている道中には、鬼族と呼ばれる鬼達の住む生息範囲がある。彼らの中には未だ人を食料として狩る種属も存在しているため、彼らに攫われたら最期、生きては帰って来ることは出来ないだろう。  腕に自信のある剛の者や、護衛のある者は迂回の道を進むことが出来る。護衛の費用は高く、彼等を雇うことの出来ない旅人や商人は、国境近くの山宿に足止めをされている。  このままでは、後に生活物資の流通に影響が出てくる。  それに鵺の天に住まう魔妖、天妖としての甚大な気配に、付近に生息する他の魔妖達が触発され、凶暴化する危険性もあった。 「叶様、どうかご助力を。我ら霊鷲山(りょうじゅせん)の者は皆、水の性。雷獣である鵺とは相性は悪く、警戒され、話をすることすら適いません」   どうか、ご助力を。  金比羅が重ねて言う。  叶は沈黙を保っていた。口元を扇で隠したまま、紫闇(しあん)の瞳だけが金比羅に向いている。  金比羅は決して叶から視線を外さず、ひたむきに見つめていた。だが彼の瞳だけでは、どうも表情を読むことができない。  その隠された口元は、一体どんな感情を浮かべているのか。  叶が金比羅の髪を軽く梳いた。  それもまた、無言の奉仕と施しの合図だ。  是、と短く服従の応えを返した金比羅は、誓願のあまり、いつの間にか疎かになっていた手淫を再開させた。  ちゅく、と。  先走りの蜜で卑猥な水音を立てる剛直に、再び口を寄せる。噎せ返るような強い妖力の香りに、本能のままに食らい付けば、すぐさま咥内に大量の白濁が流れ込んだ。  水に恵まれず、喉の渇きをようやく潤すことの出来た旅人のように、喉を鳴らしながらそれを全て嚥下する。  身体の奥に溜まっていく『力』の大きさに、改めて彼君の溢れんばかりの甚大な妖力を思い知らされる。  再び最後の一滴をも逃さないよう吸い尽くし、金比羅は剛直を口から離した。  くすりと笑う声が聞こえたかと思うと、金比羅の髪を梳いていた手を離し、叶は自身の腰元へと遣る。  長い指をたおやかに絡めながら、雄を袴の内へと収める。  施しの時間は終わったのだ。 「……分かりました、金比羅殿。この件、お引き受け致しましょう。早急に天妖と話のできる、腕の立つ者を派遣致します」 「感謝至極に存じます」 「──ただひとつ条件があります」  深々と頭を下げようとした金比羅の動きが止まる。 「鵺が国境を越え、我が麗国に入ったことを確認した(のち)、貴方は国境全てに結界を張り、霊鷲山への立ち入りをしばらく禁じて下さい。理由は自ずと分かるでしょう。噂が出回っている今なら何かと結界も張りやすい。その為の『力』は授けたつもりです」  いいですね、と叶が念を押すように金比羅に言う。  丁寧な口調に騙されそうになるが、それはまさに魔妖の王としての勅命に違いなかった。  是、と。  金比羅が片膝を付き、深々と頭を下げながら応えを返す。  ぱたん、と扇を閉じる音が聞こえた。  もしこの時、金比羅が頭を上げていたなら、見ることができただろう。  決して感情を表に出さない、無という表情を。  そしてその、にぃとした幽鬼めいた窃笑(せっしょう)を。

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