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第2話
促されるまま青年について歩いているものの、橋も川も一向に現れなかった。
ランタンは相変わらず行く手を示して点灯しているけれど、その明かり方が少し、先ほどまでとは違うように思えて、ミケルは少し気になっていた。
さっきまでは、くりぬかれた目や口の中で揺らめいていたのはキャンドルの入ったグラスに滲んだ朧 げな光だった。今はどことなく、ジャック・オ・ランタンそのものが、ぼんやりと発光しているように見える。
気のせいだろうか。暗闇にその灯りしかないもので、目が錯覚を起こしているのかもしれない。
しかしはたして、このまま進んで良いものだろうかと思う。
青年に呼びかけようとして、そういえばお互い名乗っていなかったことに気づく。
「あの、名前を訊いてなかったよね」
斜め前を歩いていた青年が、驚いたように振り返る。
「ほんとだ。うっかりしてた。俺、トウマ。あんたは?」
ふ、とミケルは笑みをもらす。青年、トウマの言いようは、とても軽快で、愉快だ。
「僕はミケル。あの、それでさ、この道で、合ってるのかな。もうずいぶん歩いたけれど」
「大丈夫さ。ほら、ちょうど見えてきた」
トウマが言ったとおり、向かっている先のほうに光のかたまりがあった。なぜその存在に気づかなかったのだろうと思うほど、賑々 しい明かりだ。
足を進めるたび、ざわめきと音楽がかすかに届いてくる。
もしかしたら、林の中を通って隣町の広場へ行ける、ミケルの知らない行き方があったのかもしれない。ともあれ、無事到着できたことにミケルは安堵した。
「あれは、幕で覆われているのかな」
全容が見えてきてミケルは、ずれかけたメガネを指で押し上げた。
「だって、境目がないと困るだろ」
当然のようにトウマが言う。確かに、境目があってもおかしいことではないけれど。
丈高いくすんだ生成りの幕が、ぐるりと周辺を覆っている。片隅に入り口 があって、その左右に立った門柱の上に乗ったジャック・オ・ランタンが、まるで誘引するようにひときわ赤く発光していた。
「行こう、ミケル」
ためらいなく呼ばれ、ミケルは反射的に動揺した。そのためらいのなさが、エリオを思い出させたからだ。でもトウマは、エリオとは全然似ていない。
近づいてゆくと、喧騒はさらにはっきりとした。上部からは光とともに音や話し声が漏れ聞こえてくる。トウマは慣れた足取りで入り口 へ向かい、脇に立つ影に自身とミケルを示した。
「トウマ、とこっちがミケル」
帳面のようなものに羽根ペンでチェックを入れていたのは、仮面をつけた人物だった。なるほど、ハロウィーンのイベントらしい装いである。
幕の中は、人でごった返していた。
人、というのはちょっとおかしいかもしれない。なぜなら、見える範囲にいるのはすべて、人ならざる仮装に扮した姿かたちばかりだったからだ。
鷲鼻の魔女がいたり、獅子の頭に山羊の角のついた被り物をしていたり、口が耳元まで裂けている特殊メイクをしていたりと、なかなか趣向を凝らしている。
幕で囲われた広場は円形になっており、中央には円錐 形の大きなテントがあった。外壁代わりの幕に沿って屋台が連なり、そこに掲げられた照明が広場から闇を追いやっている。
其処此処 から甘い匂いや香ばしい匂いが漂っていて、ミケルはにわかに空腹を覚えた。それを読み取ったみたいに、トウマが言う。
「うまそうだなあ。何か食べようよ。ああそうだ、両替しなきゃ。俺ちょっと行ってくる」
「両替? どうして」
「あんた、もしかしてカーニバルに来るの初めてかい?」
「うん」
「ここでは専用の通貨じゃないと使えないんだよ。みんなてんでバラバラの金を持ってくるからさ」
そう言ってトウマは、傍らの小さな小屋に入ってゆこうとする。ミケルはいまいち要領を得なかったが、それが必要だというならば従うしかないと、トウマについてゆきながらポケットを探って青ざめた。あわてて体中の、あちこちを探る。ズボンの両ポケットにも尻ポケットにも、シャツの胸ポケットにも、どこにも財布が入っていなかった。あわてて家を飛び出してきたせいで、持って出るのを忘れたのだった。
また、やらかした。お祭りに来るのに財布を忘れただなんて。
ミケルが呆然としている間に、トウマはさっさと両替を済ませて戻ってきた。肩を落とすミケルを、不思議そうに覗きこむ。
「どうした?」
「……お金、忘れてしまった」
「なんだ、そんなこと。いいよ。今日は俺が奢ってやる」
「そういうわけにはいかないよ」
「あんたがいてくれたおかげで、俺はカーニバルに来られたんだからさ。それに、二人でいるのに一人で食べるのもつまんないしさ。俺、あっちのパイが食いたいな。あんたは?」
無邪気に屋台のほうを指し示すトウマに、それ以上固辞するのも気が引けたミケルは、観念して別の屋台を指し示した。
「僕は、あっちの焼き菓子かな」
「よし、じゃ両方食べよう」
そう言って嬉しそうに笑い、人混みをかき分けてゆく。明るい中で見たトウマの髪は銀色で、ときおり光の加減で青く煌めきもした。瞳は深い水底 のような翠 色だった。精巧に作られた尖った耳は青灰色で、そのどの色も、ミケルを魅了した。
「ミケル、こっち!」
見とれていたことにはっとして、ミケルは慣れない人混みに戸惑いながらもトウマのところへと駆け寄っていった。
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