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第2章

          4  園山ホームは、相模湾を一望できる山の麓に建ち、自然豊かな場所にはあまりにも不釣り合いなその豪奢な建物は、何となく異様な雰囲気を纏っていた。それはまるで、自然と調和せず浮きまくっている新手の新興宗教の施設を思わせた。それでも、施設の中に入ると、施設内は非常に清潔で美しく、従業員の態度も細部まで行き届いていて、とても好感が持てた。  思わず自分の病院と比べ、密かに改善の余地が必要かもしれないと真南人は感じた。  夏川は受付で、真南人を弟だと適当に紹介し、面会の許可を取ると、大きめなキャリーバックをガラガラと引きながらエレベーターへと向かった。真南人は、さっきからずっと無口な夏川の後を、置いてきぼりを食らわぬよう必死に付いていく。  園山ホームの中は異様に広く、入居者の個室以外に、様々な娯楽施設やリハビリ用の部屋などが混在しており、とても複雑で迷いやすい。 夏川はエレベーターの前で三階のボタンを押すと、程なくして開いたドアに先に乗り込み、真南人は慌ててその後に続いた。 「驚かないでね。母親に会って」 「え?」  エレベーターを降りてすぐ、不意に話しかけられ、真南人は驚いたように顔を上げた。   夏川は、少し疲れたような笑顔を向けると、三〇五号室と飾られたプレートのドア前で立ち止まった。そして、コンコンコンと三回ノックした後、「母さん。瑠生だよ」と、大きな声でそう言った。  中から返事はなかった。夏川は、そんなことは当たり前というようにドアを開けると、部屋の中は奇妙に薄暗かった。 「ああ。またカーテン開けるなって介護士さんに言ったの? これじゃあ、暗くって目に悪いよ。母さん」  夏川は、部屋に入るなりまっすぐ窓辺へと向かい、思い切り水色のカーテンを左右に開いた。  部屋の中は、秋晴れの空から注ぐ太陽の光によってぱっと明るくなり、そのせいで、夏川の母親の姿がくっきりと部屋に浮かび上がった。  思わず、夏川が二人いるのかと真南人は目を疑った。そんなわけがないのは十分分かっているのに、車椅子の後ろに立つ夏川とその母親を見た時、真南人は二人の空気の似かより方に、はっとするほど息を飲んだ。それはまるで、「分身」という言葉を体現しているかのような親子。  真南人も良く母親に似ていると言われることがある。でも、その似方は夏川親子とは全然違う。あの親子は絶対血が繋がっていると自信を持って確信できる、思わず微笑ましくて笑ってしまう程度の似方だ。  真南人は、気がつくと食い入るように二人を見つめていた。そのせいで、夏川に声を掛けられたことに気づくのに、数秒ほど時間がかかった。 「真南人君? ねえ、真南人君?」 「え?! ああ。えーと、あの、は、初めまして! 柏木真南人と申します」  真南人は、両手を太ももの脇に添え、まるで厳しい訓練を受けている自衛官のような、畏まった挨拶をした。 「ぷっ、何それ。何がちがちになってるの?」  そうおかしそうに笑う夏川とは対照的に、車椅子に座る夏川の母は、ただ無表情に真南人を見ている。その目はどこか虚ろ気で、ずっと見つめていると、暗闇の深淵へと誘われそうな不安を感じ、真南人は慌てて目を反らした。 「母さん。真南人君だよ。この子のこと前に話したでしょ? 覚えてる? 俺の友達だよ。とってもいい子なんだよ」  まるで、子どもにでも説明するように夏川は優しくそう言った。  「あなた誰?」  後ろを振り返り、怪訝そうに夏川を見つめながら、夏川の母は、いきなり残酷なことを言い放った。 「え? 誰って俺だよ。瑠生でしょ?」 「瑠生? あなたが? ちょっと一体何を言ってるの? そんなわけないじゃない!……ねえ、私のかわいい瑠生はどこ? あの子、私がいないと駄目なのよ! 泣き虫で、甘えん坊で……」  おろおろと不安げに瞳をさまよわせながら部屋中を見渡すその姿は、夏川と同じ美しい容姿が相乗効果となり、ひどく絶望的な印象を真南人に与えた。 「いないよ。だってここは介護施設だよ。母さんの家じゃない」 「違うわ! ここは私の家よ! 他人のあなたに何が分かるの! もう口出ししないでちょうだい!」 「……はあ。分かったよ。どうもすみませんでした。ここはあなたの家です。瑠生は今、幼稚園に行ってていないでしょ?」 「……ああ、そうね。そうよね……私ったら大声出して怒ったりして嫌だわ。ごめんなさいね」  どきっとするような柔和な笑顔で、夏川の母はそう言った。その、さっきまでとはまるで別人のような態度に、真南人は少なからずショックを受けた。 「理彩子さん。今日は最高にいい天気だよ。外に散歩にでも行かない?」 「いやよ。紫外線は美容の敵だわ」 「大丈夫だよ。この子ね、将来、美容外科の先生になる予定なんだよ。理彩子さんの肌のシミなんて、メス一つで簡単の消し去ってくれるさ」 「な、夏川さん! 何をいきなり……」 「付き合ってよ」   夏川は小声で真南人に目配せしながらそう言うと、ベッドの脇に置いてあるクローゼットから、綺麗なエメラルドグリーンのストールを取り出し、それを、ふわっと母親の肩に掛けた。そのストールは、夏川の母の美しさを際立たせるには完璧なアイテムだった。 「そうなの? このかわいい男の子が?」  夏川の母は、きょとんとした表情で真南人を見つめた。 「そうだよ。このかわいい男の子がね」  夏川は嬉しそうに真南人に微笑んだ。  「ふーん。分かったわ。行きましょう。今日はなんだか気分がいいの」 「そう。それは良かった。よし行こう!」  夏川は明るくそう言い車椅子を押すと、ぼーっと突っ立っている真南人に向かって、「真南人君も行こう」と言い、優しく肩をたたいた。 「は、はい。行きます」  真南人は慌てて返事をすると、夏川の後を少し遅れて付いて行った。

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