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第7話 エリートはコスパを気にする

「っぷ、ぷくくくく」 「…………」 「ぶっ……あはははは」 「んもおおお! 笑いすぎ! っていうか、笑うな!」  久我山さんが帰ってきたのは夜の九時過ぎだった。そして、「ただいま」って玄関開けたところから、俺の顔を見て、もうそこからずっと笑ってる。  そんなに笑う?  そんなに笑うほど?  こっちはあの後、しばらく呆然としちゃって、久我山さんと同じビルに入っていく方々にすごい怪しい奴って顔されたんだけど。場所が場所なだけに下手したら職務質問されちゃうくらいだったんだけど。 「いや、だって、お前、スッゲぇ顔してたからさ」 「だって! 公務員っていうから!」 「公務員だけど? っぷははははは」  だから、笑いすぎだっつうの。 「いや、あんなに驚いた顔されると思ってなくてさ。もう書類受け取った後もずっと笑ってて、同僚からどうしたって訊かれてさ」  そしてまた笑ってる。 「あぁ、おもしれぇ」 「面白くないわ!」 「あははは。思いっきり引っかかるんだもんな」  昨日、仕事何してんの? って訊いたら、公務員って答えた。 「確かに昨日、上手く話かわされた気がする」 「まぁな」  そりゃ、話かわすくらい朝飯前でしょーよ。超エリートじゃん。あんなところで仕事してるなんて、もうすごい人じゃん。  公務員。  国家公務員。  キャリア官僚。  上級国家公務員。  この方々の最終学歴とかすごいことになってるっていうのはわかる。とりあえず、友人関係浅く広く、だだっ広くな俺でもこの枠内に収まるエリートは知らない。だから「大先生」なんて聞きなれないワードからこの職業を言い当てることは一生できそうにない。  そのうちの「公務員」をあえて選んでさ。 「じゃ、じゃあ、大先生って」 「そう、その時もすげぇ笑うの堪えるのが大変だった」 「んがー!」  ネクタイだけ緩めてソファに座る詐欺師目がけて飛び込むように突撃すると、簡単にかわされた。まぁ、かわされるだろうと思いながらこっちもソファに飛び込んだんだけど。 「はぁ、楽しかった」 「こっちは楽しくない! 二日酔いも吹っ飛んだ!」 「ならよかったじゃん」 「っていうか、そのびっくりドッキリのためだけに俺、霞ヶ関まで行かされたの?」 「いや、あの日、蒲田が来てたから、見せびらかしとこうと思ってさ」 「あ……」 「大先生の秘書だからな」 「大先生!」  俺が学校の先生だと思ってた謎の大物人物! ソファの背もたれに手をついて身を乗り出すと、久我山さんが冷蔵庫からビールを一つ出して、ちょうどグラスに注いでるところだった。 「とある政治家」 「えぇ! じゃあ、久我山さんってそのとある政治家の」  娘さんを「あ〜れ〜」ってしたってこと? 「俺は手を出してない。流石に、娘を溺愛してるのは知ってるからな。しかも婚約直前。それに手を出して自分の身を危険に晒すほどバカじゃない」  じゃあ、向こうが入れ込んでるだけなんだ。  それも結構すごいことだけど。そんなの超お嬢様じゃん。 「その大先生の誕生日パーティーに出席した時に気に入られて」 「へぇ、すご」 「すごくはないだろ。なんも知らないお嬢様なんだから。なぁ、聡衣は飯」 「あ、うん。あの、勝手にキッチン使っちゃっていいのかわからなかったし。俺、料理全然ダメだから、やってない。久我山さん食べるのかわからなかったし」 「食うよ。じゃあ、適当に作る」  そして、久我山さんはワイシャツの袖を腕まくりして、冷蔵庫の中からポンポンと野菜を、それから冷凍庫からお肉を出した。 「何作るの?」 「適当に」  すご。  適当に作るのって大変じゃない? 料理しないからかな。適当に、「食べられるもの」ができる気がしない。でも、久我山さんは手際よくそれを洗って切って、洗って。戸惑うことなく手を動かしてる。 「なんか、すごいね」 「? 何が」 「んー……エリートじゃん。官僚ってことでしょ? なんかそういう人たちって、クラブで飲んだり、高級小料理やのカウンターでご飯食べてそう」 「っぷは、どんなイメージだよ。そんなの毎日してられるほど高給取りじゃない。それに外食って案外コスパ悪いだろ。出かけて帰ってくる移動時間。服だって家にいる時みたいなリラックスしたものじゃなく、それで頼んで食って、金払って。それなら家でリラックスしながらビール飲んで好きに作って食って、ゆっくりしたほうが何倍もいい」  久我山さんは笑いながら切った食材をフライパンへとまな板から滑り落とした。  でもさ、やっぱり仕事から帰ってきて、そんなふうに手際良く料理をするとは思わないっていうか。プラス、女ったらしの久我山さんならお料理作ってくれる女性が山ほどいそうだから、自分で自炊なんて。 「自炊の方が楽。エリート官僚つっても、まだ若手の俺らの給料なんて、いうほど高くない。毎日外食なんてコスパ悪いことはできないんだよ」  魔法……みたい。 「でも、まぁ、大体適当だけどな。あるもので適当に」  ほら、もう魔法のよう。熱せられたフライパンからトランポリンでもするみたいに野菜とお肉たちがジャンプしてる。すごい、料理人みたい。 「けど、今日は」  ほらまた、フライ返しという名のつけられた食材たちのハイジャンプ。 「?」 「一人じゃないから、少し、ちゃんとしてるかな」  俺が、いるから。 「一応、今日、お使い頼んだしな」  そして、アイランドキッチンの中心からこっちを見て、ニヤリと笑う。 「美味いものになるように気をつけてる」  そんな彼が炒めてるオリジナル適当レシピの晩御飯からは食欲をそそる美味しそうな匂いがしてた。

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