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第9話 今夜の晩御飯は
――別にいいんじゃないか?
そう、言ってもらえた。
――そんな焦って仕事見つけなくても。
そう、言ってた。
――聡衣は確かにジーンズよりもスーツのほうが似合うと思うよ。
そう……。
「やっぱ、不採用だったかぁ……」
ソファの上、両手をバンザイにしてそのまま主人のいないリビングで大いに寝転がった。
あの面接から数日後、どうだったかなぁと、ダメな気もする、いやいや今までのアパレル販売員としての腕を買ってくれるかもしれないと、採用かもしれない不採用かもしれないと気にしてた。気にしまくってた。でも、まぁ、予想は的中、大変申し訳ございませんがってメールが送られてきた。ご希望に沿えられそうにありませんって。
まぁ、やっぱり、そうですよねって感じ。
ジーンズのこと詳しくないもん。
ど素人ならそれでもいいのかもしれないけど、変に知識があって、その知識がジーンズ商品とは真逆のスーツ系ってなるとむしろ邪魔な知識なんでしょ。そんなに焦って、今すぐ人材確保って感じでもなかったし。いい人材がいたらいいなぁっていうくらいのテンション。今、とっても残念なことにこの業界はひじょうに厳しい現状に置かれているので。店舗販売っていう形式自体がもう時代遅れなんじゃない? なんてくらいのご時世なので。
「!」
はぁーあ、なんて溜め息をついたところだった。
「? 久我山さんだ」
手に持ったままだったスマホに久我山さんからメールが届いた。
今日は遅くなる、とか? 毎日残業はあるみたいで、毎日遅いけど、特別遅くなるとかかな。
あ、もしかしたら、残業以外の理由ってこともありえるよ。
だって、今日、金曜だし。飲みに行ったりするでしょ? いくら鎌田さんっていう監視の目があったって、彼女いたって飲みには出かけるでしょうし。同僚と、明日は休みだーって。
――今夜、特に用事はなしか?
「ないですよー。彼氏なしですから。超暇人です」
そう独り言では返事をしながら、特に用事はないです。って簡潔に返事を送った。
――今日はいつもよりも少し早く帰るから飯。
飯? そこで一回メッセージが切れちゃった。
でも、ほら、やっぱりそうでしょ。そうだよ。
いやいや、逆に、部屋に女の子を招くとか? それもあるよね。女性問題で揉めてると言っても俺というカモフラージュを置いてあるから、その陰でこっそり女の子とデート、とか、しようと思えばできるでしょ?
蒲田さんにバレなければ問題はないわけだし。
なるほど。部屋に男だろうと俺にいられると困るとか?
ですよねー。
困りますよねー。
全然一日くらいなら外ぶらぶらしてますよー。
俺も流石に女の子連れ込んでる時は部屋出てたいし。だってねぇ、流石にねぇ、あんあん喘ぐ女の子の声聞いちゃったっても俺は楽しくないし、むしろちょっと聞きたくはないっていうか。
なのでそんな時はしっかり退散を。
――飯、何食いたい? どんなものでも対応OK。
退散しますって、返事をしようと思ってた。でも、久我山さんから届いた次のメッセージは予想大外れだった。
「ぇ……ご飯?」
――そこまで手の込んだものじゃなければ作れる。
「えぇ、ご飯?」
毎日残業だったし、ご飯はそれぞれで適当に済ませてた。本当には付き合ってるわけじゃないし、こっちはお部屋を借りてる身だし。交換条件として恋人のフリっていうお仕事をしているだけだから。基本ルームシェアとかと同じ。そんなに干渉しない。というか俺は距離開けるようにしてたかな。向こうにしてみたら俺は同性愛者なわけで、自分が恋愛対象枠の中に入ってるっていうのは、色々思うところもあるでしょうから。
初日は作っていただいたけど、あれは、特別。
俺の状況に手を差し伸べてくれた、みたいなもの。
普段は適当にコンビニとかのお弁当で済ませたり。冷蔵庫にある食材適当に使ってもらっても構わないって言われてたから、使っちゃう時もあったり。納豆とかさ。全部使い切っちゃったら、帰ってきてから久我山さんがぱぱっと作るのに支障があるかもしれないから、そうならない程度に。
――味は保証しないが。
「っぷは、しないんかい」
なんでもできて、なんでもカッコよくこなせるからどこかスーパーマンみたいに思ってた。今もそう思ってる。だって料理何食べたい? なんて訊くのすごくない?
「じゃあ……」
疲れてない? 結構毎日遅かったじゃん。何せ官僚だもの。忙しいでしょ。久我山さんも帰ったらもうシャワー浴びて寝ちゃう感じだった。
だから手の込んだものじゃなくて、仕事が久しぶりに早く終わる久我山さんも美味しくて、お腹いっぱいになるやつ。
「……今日、寒」
チラリとカーテンへ視線を向けて、窓のところへ歩いてく。まだ窓開けてないのに、近くに行くと冷気が僅かに頬に触れた気がする。
今夜は一気に冬へ加速していきますって、言ってたっけ。
そしたら、コレがいい。
――シチュー、かな。
そうメールを返すと、数秒で返事が来た。
――OK。
って、今日の晩御飯が決定した。コンビニ弁当にしようと思ってた。
それがシチューにチェンジ。
一人暮らしじゃちょっと作るのは面倒で、多すぎてしまうからあんまりうちでは食べないメニュー。
冬にぴったりのシチューになった。
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