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第11話 絶賛無職なもので

 劇的な展開から一週間……かぁ。  目が覚めて、そっと手を天井にかざしながら、そんなことを考えた。  もうすでにこの環境に順応しちゃって、「見知らぬ天井」じゃなくなった天井。  人間は慣れる生き物、だっけ、どこかでそんなことを聞いたことがあるけど本当にそうだと思う。  昨日のシチュー美味しかったなぁ、なんて思ったりして。  でも、なんだろ、あんなふうにご飯食べたの久しぶりだったんだ。  スマホとかさ片手に持たない食事。  食事をしているって感じのする食事。  一人暮らししてた時はスマホで何かしながらご飯食べてた。暇だし、テレビなんて持ってないし。いらないでしょ? テレビ。オンデマンドとかネットとかで十分なんだもん。だから、スマホ一つで事足りちゃう。そんなだった。  それからあいつのところで同棲、じゃないか。居候させてもらってる時は、テレビが部屋にあったから、テレビ見たり、けどちょいちょい向こうがスマホ見てた。そしたらって、俺も、手持ち無沙汰でスマホを見るようになって。そうなったら、今度は向こうが「あ、じゃあ」みたいに、もう普通にスマホ見ながらご飯食べて。多分、婚約者と話してたんだろうけど。そんなこととは知らない俺は「ふーん」なんて思いながらさ。  それぞれ別の視線、別のことを考えながらの食事が多かった。  もちろん、俺は付き合ってるって思ってたから、そこまで冷めきってる関係ってわけじゃなくて。食事中に会話もあったし。  外食すれば、デートっぽく話は弾んだ、けど。  でも、昨日みたいなのは、あんまりなくて。  ――すげぇ食ったな。  そう言って久我山さんがおかしそうに笑ってたっけ。腹、爆発しないか? って。  しませんって答えた。  シチューは、我が家ではメインディッシュじゃなくて、お味噌汁なんだもん。だからお味噌汁とサラダだけっていう感じになるから、そりゃたくさん食べるでしょなんてドヤ顔してみたり。それに。 「……はぁ」  すっごく美味しかったから。 「さてと……よいしょー」  そろそろ起きないとだよねって。身体を起こしながら、あくびを一つ。  そう。  昨日のシチュー、っていうか、晩御飯、すごく、美味しくて、楽しかった。 「起きたか? 二日酔いは?」 「あ、うん。ヘーキ……です」  リビングに行くと久我山さんがすでに起きていて、キッチンのところに立っていた。「おはよ」って小さく挨拶をすると、自然と「おはよう」が返ってくる。 「味噌汁作るけど、飲むだろ?」 「あ、うん。いただきます」 「普段は? 朝飯」 「あー……あんまり食べない、かな」  朝も久我山さんは官僚だからちゃんと起きて出社する。俺は、朝の忙しい時間に邪魔をしちゃいけないだろうって思って、小さな部屋にこもってたり。普通に寝ちゃって起きてなかったり。 「食ったほうがいい。味噌汁すぐできるから。そこ座ってろよ」 「あ……はい」  そして、アイランドキッチンの手前にあるテーブル、カウンターの左側、昨日座ったところと同じ場所に腰を下ろした。本当にすぐできたお味噌……汁? 「え、これ……」 「初めて?」  コクンと頷くと、久我山さんが得意気に笑った。だって、だってだって、これって。 「納豆味噌汁。簡単で美味いぞ」 「えぇ?」  初めて聞くんですけど。具が納豆って。なんか……。えぇ。 「納豆も味噌も大豆だろ。合わないわけない」  そう?  本当に?  微妙じゃない?  そんな単純なものじゃない気がするんだけど。匂いはやっぱり納豆だし。長ネギ刻んでパラパラと振りかけられてるけど、納豆じゃん。 「いーから、騙されたと思って」  そんな言いたいことが全部、言ってないけれど顔に出てたんだと思う。つべこべ言わずって、ぐいっと目の前にお味噌汁が用意された。  久我山さんは昨日の席にはつかず、マグカップにそれを注ぐとまるでコーヒーみたいに啜ってる。 「はぁ」  とっても美味しそうに安堵の溜め息混じりで。  ルーなしであんなに美味しいクリームシチューを作っちゃう人に、料理をほとんどしない俺がどうこう言えるわけなくて。やや渋々なテンションでそれを、ちょっとだけ。 「! …………美味しい」 「だろ」  恐る恐る食べた。  でも、全然合ってて、全然美味しくて。全然変じゃなくて。 「すご……新発見」  そう思わず呟くと、もっともっと得意気になりながら笑ってる。 「二日酔いもなさそうだし。朝飯も済ませたし」 「?」 「買い物、付き合ってくれ」  今日で一週間。  一週間前の土曜日はスーツケースを取りに行った。ゴミ置き場にあった俺のスーツケースを。  一週間後の今日は――。 「買い物?」 「そ、夕飯の」 「……ぇ、あ」 「一緒に食おうぜ。一食分作るのも、二食分作るのも変わりないし。それに」  それに? 「暇なんだ」 「…………っぷ、あは」 「笑うなよ。彼氏持ちだからな、女性をデートには誘えない」  確かにそうだよね。そんなことになろうものなら、一週間前の昨日と同じように俺は久我山さんをぐーで殴られないといけないし。一応、彼氏じゃん? 偽物だけどさ。だから二週連続で二股かけられた、なんて不名誉なことになるわけです。 「多分、今日とかしっかり監視されてそうだし」  まぁ、そうだよね。一週間後の週末、監視しますからと宣言してたくらいだもん。ガッツリけどこっそり何処かから監視してるに決まってる。 「で? 今日のご予定は?」  お味噌汁美味しかった。  昨日のシチューも美味しかった。 「特に何もないですっ。絶賛無職、彼氏なし、なもので」  だから、もう一回食べたいなぁって、思ってたんだ。

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