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第12話 イケメンレストランへようこそ

「ラザニア、うまーーーー!」  つい、食べた瞬間そう叫んだくらい。  久我山さんが顔いっぱいに「だろ?」って自慢気に眉を上げて笑ってみせてたけど、それに素直にうんうんって頷けちゃうくらい。  まさか、こんなの作れちゃうなんて。 「はぁ、もう食べ終わっちゃった。もっと食べたい。はぁ、ごちそうさまでしたっ」  美味しくて、最後の一口までめちゃくちゃ美味しくて、手をパンって合わせた。 「そこまで絶賛されると嬉しいな」  至福って思った。食べ終わったことが名残惜しくて、もう少しゆっくり食べればよかったって。大袈裟じゃなくてさ。そのくらいに美味しかった。 「もう官僚やめてコックになればいいのに」 「あはは、それもいいな」 「そしたら顔写真付きでSNSでメニューとか更新して。絶対にウケる」 「そう簡単じゃないだろ」 「顔写真付き! っていうのが大事だから!」  そこで、謙遜せずに無言で表情だけで返事をするあたりがまた、もう、自分イケメンっていう自覚がある辺りが、すごい。でも、そのくらいに顔はいいし。料理美味いし。エリートだからもちろん頭もいいし。 「客層が女性だけじゃ儲からないだろ」 「そうなの?」 「食う量が少ない。なのに滞在時間が長い。回転率の問題な」  さすがエリート。回転率まで考えるか。男性の方が確かに食べるもんね。一回の食事代、つまりは売上が全員女性客、なのと男性客、とじゃ全然違うか。  でも、これ本当に美味しいんだもん。レストランとかやればいいのに。  人気出そう。味良し顔良し。  男性には味で勝負。  女性には顔で勝負ってして。  ――ラザニアって、美味しいよね。  そう買い物に出かけたスーパーで何気なく呟いた。ホント、何気なく。だってレストランとかお惣菜とかで食べるものだと思ってたから。自家製なんてこと考えもしてなくて。  ちょうど入ってすぐのところ、果物と野菜が並んでいて、その脇に小さなフードコーナーがあって、そこのお惣菜が目に入ったから。ただそれだけ。パスタにピザ、それからラザニア。  ――じゃあ、それにするか。  そう言われてすごく驚いた。でも、久我山さんは別に難しい顔もせずに、玉ねぎ人参、ひき肉、食材を次から次に、ぱぱっとカートの中に入れていく。俺は「え? それって、ラザニアのこと?」って、どんどん入っていくカートの中のカゴを見てた。 「ちょっとピリ辛なのに美味しいし。俺、辛いの苦手なんだけど」 「このくらいならそこまでじゃないだろ?」 「うんっ」  お洒落なアイランドキッチンのカウンターテーブルに二人で並んで、こんな本格的なご飯を食べてると、まるでイタリアンレストランにふらりとやってきたような気分がしてくる。 「また作ってやる」 「えっ!」 「掃除とかしてくれてたお礼」 「いやいや」  久我山さんは午前中に掃除をしようと思ってたんだって。  でも、一応、俺がしてたんだよね。毎日。  暇だし。  無賃居候の身だし。  それこそ掃除くらいしておけよって感じでしょ? けど、そもそも綺麗にしてたからあんまり劇的な変化はなかったけどさ。やりがいっていう意味なら、あいつの、あのごちゃごちゃした部屋の方があったかな。ちょっとやるだけで一目瞭然で綺麗になったから。  だから、掃除を始めようとしていた久我山さんにざっとだけど掃除しておいてたよって伝えて、家事が一つなくなった。それからゆっくり夕飯の買い物をして。  ラザニアにはワイン、な久我山さんの隣で、俺はやっぱりワインじゃなくてチューハイで。でも、食事に合わせて無糖レモンにした。  直飲みじゃなくて、ちゃんとグラスに注いで。 「明日は何食いたい?」 「え! 明日もいいの?」 「あぁ」  部屋、すごく綺麗に整っててさ。キッチンも使ってる気配はあけど綺麗で。揃ってる調味料とかから料理してる感じがした。でも、それは「彼女」がやってるんだと思ってた。  実際には久我山さんがやってたってことに少し驚いたけど。久我山さんレベルになるとそのくらいなんなく一人でできるのかもしれない。  エリートで、顔が良くて、料理上手くて、家事全般問題なくこなせて、とか。凄すぎるでしょ。 「これ、歴代の彼女、大喜びだったでしょ」 「?」 「もう最高じゃん!」  全部完璧。 「……そうでもないだろ」 「はぃ?」  そうでもなくないでしょ。そう言おうと思った。そんな謙遜しなくたってって、食器洗いも終わったところで笑いながら振り返ったんだ。  気のせい、かな。  でも、少しだけ、得意気に唇の端に浮かべる笑みが、一瞬、ちょっとだけ消えた気がして。  きっと、気のせいだと思うんだけど。  そんな気がして。  笑いながら「謙遜してる」ってからかおうと思ってたのに。言えなくて。なんて言おうか、迷った。 「あ、聡衣」 「?」 「あっちの部屋、テレビもないから退屈だろ」 「あ……まぁ」 「俺がいない日中とかこっち使ってもらって構わないから。俺がいても別に構わないし。テレビならオンデマンドで色々……」  言いながら、久我山さんがキッチンを離れてリビングのソファの前へと歩いていく。リモコンでテレビをつけて、それで。 「へぇ、これ、去年ヒットしたって、同僚が言ってたな」  放送一覧を眺めてた。 「これ、面白いらしいぜ?」  部屋でスマホでゲームしたり、小さな画面で動画見たり、まぁ、退屈、といえば退屈だけど。でも、部屋を無賃で借りてるのにそんな我儘言えないでしょ。  もうご飯食べ終わったし。  久我山さんだってゆっくりしたいでしょ?  休日なんだから。赤の他人とずっと一緒っていうのはさ。 「聡衣観たことある?」  疲れる、でしょ? 「ない、けど」 「じゃあ、見ようぜ」  大丈夫だよ。全然、退屈でも、平気です。そう思って、そう言おうとした俺に、にっこりと久我山さんが微笑んで、チューハイとワインを追加でソファの前に並べた。

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