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第13話 世界で大嫌いなもの、二つ目の

 俺ね。  世界で大嫌いなことが三つ、あるの。  一つ目は、タバコ、ゴミのポイ捨て。これする男はどんなに顔が良くても、どんなにお金持ちにどーんなに懇願されてもお断り。むしろ蹴り飛ばしてやるくらい。  二つ目、はとりあえず置いておいて。  三つ目は可哀想だと思われること。これがすごい嫌い。だから、約一週間前、トイレで俺と妊婦さんを二股かけてたあいつをグーで殴ったし。  宿なしになろうが、職なしになろうが、彼氏なしになろうが、俺は大丈夫。全然大丈夫。かわいそうなんかじゃない。  それで、そうそう、二つ目の嫌いなこと。  これもホント、マジで。 「異例の大ヒットってけっこう話題になっただろ? 知らない?」  大嫌い。 「さ、さぁ……どうかな。映画ってあんまり詳しくない、から」 「そっか。じゃあ、前情報何もないからむしろ面白いかもな」 「そ、そう? えぇ? でもこういうのって大概さぁ、先が読めるっていうか。だから、あんま、だったりしない? 本物じゃないしさぁ」 「……」 「結局、作り物じゃん? それがやっぱ」  大嫌い、なの。  ホラー映画。 「……苦手?」 「! はい? 全然っ、怖くないからっ、偽物感があるのが退屈なだけで」 「……じゃあ、ちょうどよかったな」 「へ?」 「これ、ホラー全然怖くないってホラーファンからこそ大絶賛されてたらしいぜ」 「へ……へ、ぇ……」 「……苦手」 「なわけない! 全然ない! 全然大丈夫! 怖くない!」  じっと見つめられて、そう、つい……つい、言っちゃった。可哀想とか、そういうの思われたくない俺は、つい、ね。  つい……世界で大嫌いなものの二つ目なのを言わずに、へっちゃらですけどー? って、つい、言って、ぐびっとちっとも甘くないレモンサワーを一気に半分ほど飲んでみた。  ねぇ、なんで、ホラー映画なんて作るんだろうね。この俳優さんもさ、怖くないの? こんなの撮影でさ。っていうか、いる? ほんとに実在してる人間があれやってる? あのお化け、本物くさくない? ねぇねぇ、あんな動き方人がする? 俺しか見えてないわけ? じゃないよね? 見えてる? ね、久我山さん、なんでそんな平然と見てんの? 見てる? 寝てる?  ――嘘……なんでここにあの子からの手紙が……。  知らないよおおお。っていうか、そんなのじっと見てないで、後ろ見た方がいいってば! ねぇ! 後ろだってば!  ――そんな……そんなこと。  そんなこととか言ってる場合じゃないってば! 後ろだっつうの!  そこ! そこだから! 絶対今、来ちゃうから! 「平気か?」 「んぎゃあああああ!」  今、主人公の後ろにいるんです。なのに前と手元ばっか見てるから! っていう、この状況で、なんで、その低い声でぼそっとしゃべるわけ? 隣で、ぼそっと。 「も、もおおお、急に話しかけないでよ! は、はぁ、びっくりした。全然怖くないけど、超いいシーンだったから、超見入ってたのに、も、もおおおお」 「……」 「ほ、ほんと……」 「……ホラー映画、苦手?」 「苦手なわけないじゃん! 全然! 全然得意だってば」 「っ……そうか?」 「ちょ、笑ってるけど、本当に平気だってば。むしろ大好きなんでっ」 「ならよかった」  よくない。全然よくない。 「ここからさらに怖くなるらしいから」 「へっ?」  ど、どういうこと……。 「大好きなら」  ね、ちょっと、どういうこと。こっからどうなるの? ここから更に怖くなるって、どうなっちゃうの? もうすでに限界なんですけど。なんかわからないけど、これ、心臓止まらない? 止まる。心臓止まっちゃうんですけど。とりあえず、不整脈がですね。  あ、何。なんか。  ――誰か、いる、の?  いや、あの。  ――誰か。  いや、いや、いやいやいや。  ――誰か……助け……。  ぎゃ、あ、あああああああああああああ! 「っ、わっ」 「ぎゃわああああああああああ!」  気がつくと、いつの間にか隣にいた久我山さんが小さく、低い声で、耳元で声を上げた瞬間、心臓が爆発したらしくて、その場で腰抜かしちゃって、ソファから落ちるわ、でっかい声あげちゃうわ、一人大慌てで。 「っぷは」  でも尻餅はつかなかった。なぜなら、久我山さんが俺の腕を掴んでくれてて、ソファから転げ落ちる寸前助けてくれたから。 「大丈夫か?」 「!」  すっごい笑ってる。 「ま、まぁ……面白い、かもね」 「っぷ、そうだったろ? ホラー映画好き大絶賛」 「で、でしょうね。まぁまぁ怖かったし」 「そうだな」  なんか、笑い噛み殺してる。そして笑ってる久我山さんを見ると、絶対にホラー嫌いだと悟られないようにしたくなってくる。いい大人ですし。もう、たかが作り物の人を驚かすためだけの映画に負けたくない気もしてきちゃったりして。 「俺も、かなり面白かった」 「よ、よかったですね」 「あぁ」 「そろそろ寝るか? シャワーだけじゃなくて湯ためて、先に入れば?」  お風呂、一人で? え、目を瞑って頭洗ったら、さっきの主人公みたいにさ、見えないところからお化けがこっちガン見してるかもしれないじゃん。廊下の隙間に人影があるかもしれないじゃん。二度見して、けどなんもいなくて、なんだなんもいないじゃんって前向いた瞬間、後ろのドアの隙間、三センチから誰か見つめてるかも。 「……」  あ、無理かも。  これはお風呂入れないかも。  目瞑るの無理そう。トイレ、行けるかな。っていうか、一人で寝る……の。 「あ、聡衣」 「……」 「明日はまた面接あったりする?」 「特にない、けど」 「じゃあさ」  そして、再び、テレビの画面がオンになった。その瞬間すら、もしかしたらさっきの映画と同じように真っ暗な画面に何が写ってそうで、ちょっと身構えたりなんかして。 「次、最高に笑える映画、一緒に見ようぜ」  そう言って、久我山さんは新しいチューハイを今度は二本。自分の分と、俺の分、テーブルに並べて、久我山さんの隣をポンって一度、大きな手で叩いた。

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