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第14話 同級生
あ、同じ歳って最初に思った。
ほら、最初に運転免許証見せてもらったから。
別に同じ年に生まれたってだけで、共通点なんてなんもないけど。でも、ただその一つがあったから、なんかちょっとだけ親近感があったのは確かで。
もしも年齢が違ってたら、一つでもズレてたら、この共同生活はなかったかも。
そう、思ったりもする。
「あ、じゃあ、あのドラマ見てた?」
「?」
「千回プロポーズ!」
「あぁ、見てた」
うちらが中学一年の時にすっごい人気だったドラマ。
「あれってさ、俳優さんがめちゃくちゃかっこよくて」
「あれって、女優がめちゃくちゃ可愛くて」
言ったのはほぼ同時。
「「…………」」
でも、言ってることがちょっと違うから、ところどころ完全にハモって、ところどころ完全に別々になって。
「「っぷ、あはははは」」
そのリンクの凄さに二人で同時に笑った。
「やっぱ見てたんだ」
「そりゃ、だって、翌日はその話題で持ちきりだろ?」
「そうそう! そうだったそうだった」
二人でちょおおおおお怖いホラー映画見た後、今度はちょおおおおおお笑えるコメディを見て、そしたら、そのコメディから昔、子どもの頃に見てたバラエティ番組の話になって、そっから他の年代の話し相手じゃ絶対に盛り上がることのない時事ネタで笑ってる。
「毎回、すっごい、んもおおおってなるくらいにもどかしくてさぁ」
「まぁ、そうだな」
「あっんなイケメンが自分のこと好きって毎回言うんだよ? もうそれだけでくっつけー! って思ってた」
「っぷは、なるほどな。でも、横恋慕キャラがいただろ?」
「いた、いたいた! あれがさぁ」
ソファの手前にあるテーブルには空いたチューハイの缶がいくつも。久我山さんはなんでも飲めるんだね。お酒、すっごい強いんだ。ワインでもチューハイでもなんでも飲めちゃうらしくて。俺はチューハイメインだから、今日はそれに合わせてくれてるのかもしれない。
「でも、あれもイケメンって言われてたろ? 当時、結構人気があった気がするけど」
「んー、あれは好みじゃないっ。イケメンだけどさ、軽くない?」
「あぁ、まぁ」
今は、その中一の時、もうクラスのほとんどが見てたドラマの話。
「けど、あのタイトルが微妙だったよな。当時もすっげぇいじられてた」
「確かに。旋回プロポーズとか言われてた」
「まぁ、男の方パイロットだったからな」
「あの当時もすっごいバラエティでパロドラマあったよね」
「あったな」
千回、プロポーズ。
もうその名前のとおり。千回くらいプロポーズするの。
主人公の女の子が交通事故にあって、それから記憶喪失になっちゃって。で、その時に付き合ってた彼氏のことも忘れちゃったところから物語は始まる。
彼氏の方はプロポーズをしようとしてて、だから、指輪を持って、その約束の場所へと向かう。
そして主人公の女の子、久我山さんに可愛いと言わせた女優さん、その当時、もんのすごい大人気だった人なんだけど、その人も約束の場所へ向かう……途中で車にはねられちゃって。
どーん、って。
そして病室のベッドで目を覚ましてさ。
彼氏の方はほっと胸を撫で下ろすんだけど。時計の針が十二時になった瞬間。
――あの、どちら様、ですか?
その一言から始まる。
そして、記憶喪失の彼女に色々教えて、あ、これはやっぱり元のいい感じに戻るのね。ほら、記憶まだ戻ってないけど、恋する感じじゃん? いい感じじゃん? なんてホッとしながらその様子を見守って、初回延長スペシャルだったそのラストシーン。主人公の彼氏も、視聴者である日本に住む全中学生も、これで大丈夫。さ、もう一回プロポーズだ!
なんて思った瞬間。
――あの、どちら様、ですか?
そのセリフでドラマの初回が終わるんだ。
「もう、学校行くとみんな真似してなかった?」
「してた」
振り返って「あの、どちら様、ですか?」ってただ言い合うの。
「アホみたいにやってたよね」
「まぁな」
「え、久我山さんも?」
「俺は男だから……でも、まぁ、たまにな」
「やってた? やってたの? ちょおおおおお見てみたかった! 久我山さんバージョンのどちら様ですか」
「絶対に嫌だ」
「ええええ? 超見たいんですけどおおお」
「なんか、変に期待をされるプレッシャーで無理」
「なんだそれ! じゃあ……そんなに? 見たくなんてないかもしれない、かもしれない」
「どっちなんだよ」
そこで久我山さんは笑いながらチューハイが半分くらい入ってたグラスをぐびっと飲み干した。
「あ、じゃあさ、どのシーンが一番好きだった? 実演でやってみよー」
「っぷは、ノリが完全酔っ払いだな」
「そりゃ、そーでしょーよ」
言いながら、ソファの上に膝を抱えて座っていた俺は、ゆりかごに揺れるように自分の身体を左右にゆっくり揺らした。ただそれだけで、頭がふわりふわりとクラゲみたいに漂ってる感じ。これは。
「これは明日、また味噌汁決定だな」
「っぷは、かもしれない」
「……何回でも言う、君に好きだって」
そっとその時、久我山さんがソファに手をついて、身を乗り出すようにこっちに近づくと、いつもの低い声を柔らかく、柔らかく変えて優しくそっと囁いた。
「…………」
まるでキスでもするみたいに首を傾げて――。
「っぷは、すげぇ驚いた顔」
「! んもおおおお! びっくりした! 何その声のトーン! 女ったらし、こわ!」
「なんでだよ」
何話、だったっけ? 忘れちゃった。でもドラマの終盤あたり。記憶がどうしても深夜の十二時までしか持たないことに悲しむ主人公にそっと、そっと優しく婚約者である彼が告げるシーン。
「な、なるほどねぇ、なるほどなるほど」
そのシーン、俺もすごく覚えてる。
「そんで? 聡衣の思う名シーンは?」
「…………やりません。恥ずかしいから」
あるけどね。
「はぁ? お前」
「っていうか、久我山さんがやると思わないじゃん!」
「やるだろ。酔っ払いのノリだ」
「どんなノリだよ」
あるけど、ちょっとね。
「今、やらないと、明日の夕飯作らないからな。それから朝の味噌汁も」
「えぇ? なにそれ、横暴! っていうか、お味噌汁、納豆がいいです!」
「ぷはっ、ハマったか?」
あるけど、ちょっと、やらない。
「美味しかった」
「そりゃ、よかった」
ちょっと……ね。
そして、久我山さんはまたグラスにチューハイを注いだ。けれどもうグラスの半分くらいしかなくて。
「じゃあ、明日は納豆の味噌汁、だな」
「やった」
でも、そこに追加で新しいチューハイの缶は開けなかった。楽しい昔話はここで、終わりっぽかった。
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