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第15話 夢見ない大人たち
日曜日、納豆のお味噌汁で二日酔いっていう頭痛をどうにかして、昼は久我山さんが余り物で作ってくれたリゾット食べて。夜、またご飯を一緒に食べた。今度は生姜焼き。しかも斬新なの。トマトが入ってて、ちょっとびっくりしたけれど、化学的に合わないわけないんだって、レクチャーまでされてしまった。
蜂蜜、醤油にお酒、それからすりおろしたての生姜。すりおろしてすぐっていうのがポイント、なんだって。
ホント、レストランやればいいのにね。
「……あ、お味噌汁、作っておいてくれたんだ」
どんだけ世話焼きなんだろ。
すごくない?
きっとさ、気にしなくていいのにって遠慮したら、自分の分を作るついでだって笑うんだと思う。
ホント、凄すぎて、まるであのドラマで主人公を支え続けるヒーローみたいだよ。
「……お味噌汁、うま」
中学一年生、もう思春期真っ盛り。中間テストも、期末テストも大変だったけれど、みんな、でもないのかな、けど大半のクラスメイトは恋に友情にってみーんな悩んでた頃。
そのドラマは大流行してた。
ドラマの放送があった翌日はあっちでもこっちでもその話題が飛び交ってた。今の子ってそういうのないんだろうけど。もう完全、テレビドラマよりも何よりも動画の時代でしょ? でも、うちらが子どもの頃はまだそこまでだったかな。動画もあったけど、今ほどじゃなかったから。
『何回でも言う、君に好きだって』
それはとてもロマンチックなシーンで、よく覚えてる。明かりを消して、部屋中を点々とライトアップしていた小さな灯りがやんわり二人の表情を照らして。その中で、彼が言うの。
そのセリフを。
主人公の彼女は何度も彼を好きになるのに、何度も、朝には忘れてしまう。何度も何度も最初からやり直すことになるリセット続きの恋愛が彼を傷つけると離れようとするの。でも、その手を彼がぎゅっと握って、穏やかで柔らかい声で告げてくれる。
何回でも告白するって。
俺は、そのシーンがすごく好きで。セリフだって覚えちゃってるくらいで。
――そんで? 聡衣の思う名シーンは?
言わない。
だって、その次のセリフがすごく好きだから。
「……でも、これだってここで終わっちゃうかもしれないでしょ?」
そう言って主人公は涙を溢すの。ぽろって、大粒の涙が頬を伝い落ちるの。
「そして、いつか、貴方がくれるその言葉も色褪せるよ」
何度も何度も言ってくれるけれど、何度も何度も忘れてしまったら、誰だっていつかは……ね。
明日には忘れてしまう。
それでも貴方は明日も好きと言ってくれる。
そして忘れて、また好きと言ってもらって。
でもある日、忘れた翌日、貴方は言わなくなるかもしれない。もう諦めてしまうかもしれない。そしたら、もうそこから先はなくなっちゃう。明日の私は今日の私を知らないから、明日の私が貴方を好きにならなかったら、そこで終わってしまう。今日の私は失恋してしまう。それならいっそ。
「いっそここでやめとこ?」
そう言うの。
柔らかくてかすかな灯りに照らされた顔をくしゃりと歪ませながら、彼女は手を離そうとして。
『やめない。明日の君がいつか、好きだと朝一番に答えてくれるまで、何回だって言う』
「千回だって……言う……かぁ」
そのシーンが好き。何度も何度も見たくらい。なんてロマンチックなんだろうって、ときめいて、憧れて。
そして大人になっていく中で気がつく。
あれはドラマで、あれはおとぎ話で、あれは夢物語だって。
そんな素敵でロマンチックな恋はそうそうなくてさ。あったように見えても、ほら、たった一週間ちょっと前くらいに味わったみたいに、呆気なく消えちゃう。呆れるほどあっさりと終わっちゃう。どれだけ素敵な恋も、どれだけ劇的な恋も、本当、簡単に――。
「…………」
終わるのはいつもすっごい簡単で、そして段々、そんなものって気がついて。
「ごちそうさまでしたっ」
大人になれば、むしろそれを「次の恋を楽しむために終わりました」なんて割り切れるようにさえなれるから。
「さて、また掃除とかしようかなっ」
カウンターテーブルを元気に立ち上がった時だった。
「あ」
自分の部屋の方から着信を知らせる音がして。また、久我山さんが書類か何か忘れたから届けてくれっていう指令かと思って、パタパタと小走りで戻った。
「あ……」
電話、久我山さんじゃなかった。
「もしもーし」
『もしもーしじゃないってば! 元気? あのさ、別れたってホント』
電話は飲み友達からで。
「あ、あー……まぁ……」
「えー? 知らなかった! っていうか、いつ?」
「んー、ちょっと前?」
「何それ」
けっこう仲のいい、同じゲイで、気軽に話せる友人からの電話で。
いつもだったら、ちょっと聞いて欲しいんだけどって、むしろこっちから電話してたくらいだった。
けど。
今までならそうしてたけど。
「まぁ、色々ありまして」
「はいい?」
でも、今回はまだ別れたことも話してなかった。
そして、ちょっと……少しだけ……ほんのちょっぴり、久我山さんからじゃなかったなぁ……なんて思う自分がいたり、なんかした。
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