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第33話 手
動物園なんて久しぶりに来た。
どの動物も寒くないのかな。
ずっと歩き回ってればそこまで寒くない。けど、やっぱり日差しがなくなると寒いなぁって思う。なのに、どの動物も寒そうに縮こまったりせずに、走ったり、うろうろ歩いてみたり、真冬の屋外でもすやすやと寝てる子もいた。
あと、レッサーパンダはものすごく可愛かった。
虎やライオンは少し退屈そうだった。
熊は一番元気だった。寒さなんてへっちゃらって感じで。
そうだ。馬がたくさんいたけど、馬にさえモテるのか旭輝が柵の近くにいくとみーんな寄ってきてて面白かった。
――人参持ってないぞ。
そう言ってもずっとくっついてる馬が何頭もいて。メスかもなんて言ったら笑ってたっけ。
――聡衣、寒くないか?
所々でそう声をかけてくれるんだよね。絶妙なタイミングで。すごいよね。日陰に入った時、少し風が強く吹いた時。そんな時にそっと声をかけてくれる。そりゃモテるでしょ。女の人にも、馬にも。
「……」
職場で、すごーく仕事を頑張ってる女の子がいるとする。
返事も元気で、挨拶もしっかりできて、ほら、つまりは好印象な感じのさ。
そういう子がいたとして、その子のことが、なんだろ、どこか、休憩室とかで話題になったとして。
もしくはその子本人が仕事のこととかで相談とかしに来たとかね。
そしたらきっと俺は何気なく、「俺はいつも頑張ってる、そういうとこ、好きだけどなぁ」ってにこやかに言う。
――聡衣のそういうとこ、好きだよ。
さっきのあれはそんなのと同じ。
他愛のない、本当にシンプルで単純で何もどこにも引っかかることのない、友愛の「好き」と同じ。
だから、ねぇ、静かに……しててよ。俺の心臓。
「……別の意味だっつうの……」
そう小さい、でも、自分に言い聞かせるように呟いて、目の前でキラキラと光を放つイルミネーションを眺めてた。そんなこと考えてないで、こっちのキラキラしてるのをぼんやり何にも考えずに眺めてようよって。
勘違いしないように。少しでも頭が冷えるように、マフラーに顔を埋めず、じっとイルミネーションだけを見つめてる。
っていうか、そもそも、何?
勘違いって、それじゃまるで俺って、旭輝のことを――。
なんて、そんな訳ないじゃん。
ノンケノンケ。
「……」
ノンケです。そんなの好きになった瞬間にフラれるってわかってるのに。それが他の人ならまだわからないかもしれないけど、あの人は無理でしょ。
不可能でしょ。
絶対にないってさ、わかってるじゃん。
女ったらしなんだってば。しかも相手の女の人もすっごいエリートとかお嬢様とかそういう、いわゆる高嶺の花なんだって。
だからそんな人を恋人にする彼ももちろん高嶺の花。
高卒で、ゲイで、どこにでもいそうなアパレル販売員には出る幕ないって。つまり、始まったと同時に終わるしかないんだから。
ダメだよ。
「はぁ」
全然、イルミネーションを見てない自分に溜め息が自然と溢れた。
今までなら、あ、ノンケかぁって分かった時点で避けて引き返して、距離取ってたけど、今回はその距離が取れない。
だから、すごくすごく困る。
すごくすごく、こんがらがる。
はぁって、また、溜め息のように、ただ真っ白になった吐息を眺めるように、大きく息を吐いて、ポケットの中へと手を突っ込んだ。と、同時にスマホがぶるぶると震えて。
「もしもし?」
『お疲れー』
陽介だ。
「うん。お疲れ」
『今、外?』
「あ、うん」
『そっかぁ。そろそろ仕事決まったかなぁって思って。決まってなかったらさ、うちの知り合いの』
「あー、ごめん。ありがと。えっとバタバタしてて言い忘れた。仕事決まったよ」
『え! マジで? お祝いしてないんだけど!』
陽介も外、かな。時間的に飲みに誘ってくれたのかもしれない。
次の仕事もアパレルの販売系だよって伝えて、今日が定休日でって伝えると、頷いてくれる陽介の周り、電話の向こう側からは賑やかな気配がした。
「いいよ。お祝いなんて、まだ研修期間だし。お試し期間終わって本採用ってなったら祝ってよ」
『大丈夫だって。絶対に本採用になるし!』
「あはは、そんなのわかんないって」
本採用になるなるって、陽気な返事が聞こえてきた。
「待たせた」
「!」
その電話に気を取られていて、旭輝が戻ってきてたことに気が付かなかった。
「って、悪い、電話中だったのか」
ううん、大丈夫って伝わるようにちょっとだけ笑うと、俺の手の中に缶コーヒーを一つ置いてくれた。
飲めって口パクで言ってくれる。
ちょっとこのイルミネーションに仕事で関わってて、それで今日はどんな様子に仕上がったのかを確認するために来た。これがメインの目的。だから、今、そのお仕事のお相手に挨拶に行ってきてたとこだった。俺はその間、ここでぼんやりイルミネーションを眺めてた。
俺はついで。
そう自分に言い聞かせながら。
今日たまたま旭輝がここに来る予定の日で、たまたま仕事が見つかったばっかの俺の、その職場の定休日が今日だったから。
ただそれだけ。それだけでーす……、って自分に。
『そっかぁ、決まったんだぁ』
「うん。セレクトショップなんだけど、品物が可愛くてさ」
『へぇ、どの辺りのお店? 行きたい』
「えっと」
(それ、貸して、冷めちまう)
「お店は……」
旭輝が俺の手の中の缶コーヒーを開けてくれた。片手じゃ開けられないよなって、小さく呟いて、大きな手で、缶コーヒーを握ってる俺の手ごと握って、ぎゅって。
(待たせすぎた。手、すげぇ冷たい)
「……」
平気、だよ。一日中歩いたから、疲れたけど、ちっとも寒くないし。むしろ今、頬とか熱くて。
『ねぇ、まさか、デート中? 彼氏できた? っていうか、あの、エリートイケメンの偽装恋人どうなったわけ?』
「あ、えっと……」
『ねぇねぇ!』
冷たかったはずの指先は、ギュッて握ってくれた旭輝の手の温かさに、ものすごく、その、なんていうか。
「えっと、今……一緒に……」
『はぁぁ? 何それ。二人で出かけてんの?』
「ぅ、ん……なんか仕事で、動物園」
『はぁぁぁ? 訳わかんない! 訳わかんないけど! 今すぐ! こっち来い! 奢るから!」
「は? 何言って、無理無理っ、そっちって、陽介って」
『ここのお店じゃ狭いからさ。もう少し広めのバー! 連れて来い!』
「あ、あのねぇ、そんなわけっ、予定あるだろうし」
「ねぇよ。予定」
旭輝が笑ってた。
「でっかい声。聞こえた。どっか行くんだろ? ついてくよ。今日一日、付き合ってもらったし。今度は俺が、ついてく」
ど、しよ。
さっきまでちゃんと見てなかったイルミネーションがさ。
「聡衣」
キラキラ、きらきら、眩しいほどに輝いて見えて、その中にいる旭輝を見つめてたら、目が眩みそうなほどだった。
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