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第60話 小さな独り言

 ――エダシマさん。  だって。  そんな呼ばれ方しなかったから、なんかくすぐったかった。  新卒で入社、だよね? その入社のために、あ、いや、官僚だから「社」って付かないのかな。とにかくフレッシュマンってことだから、二十二? 俺はその時に彼にスーツを選んであげて。  そして、彼は俺に一目惚れして、くれて。  そこからずっと。  ずっと?  ずーっと……約、六年も?  もう二度と会えないと思ってたって。  でも、あの時、会えて。  それで。 「……聡衣」 「!」  だから、なのかなぁって。  旭輝は最初から俺のこと名前で呼んでた。エダシマさんって言わなかった。でね、さっき、一度だけそう呼んでくれた時、真っ赤だったの。  まるで初恋の人に告白をするために呼び止めたみたいな、そんな感じに真っ赤、だったの。  だから、すぐに俺のこと名前で呼んだのかなぁ、なんて。  真っ赤になってしまわないように。 「……よかった」 「? 何、が?」 「俺のベッドで待っててくれたんだな」 「! あっ、いや、これはっ」  これは、その、って。  だって、する……と思ったから。  先にシャワーを浴びさせてもらった。俺の方がその、準備というか、準備の前段階があるから時間かかるからって、先にシャワーを浴びたの。で、交代で旭輝がシャワーを浴びてる間、ここで待ってた。  ベッドのところ。  だって、部屋は暖房がしっかりと効いていて、とってもあったかかったから。  まるで「ここで待ってろ」って言われてる気がしたから。 「あのっ……」 「ここに聡衣を連れてきた晩、すげぇ、緊張した」 「へ? あの時?」 「だって、あのエダシマさんが俺のベッドにいるんだぜ? 心臓バクついてるの気が付かれないようにするのに必死だった」 「……」  ベッド貸してくれたの。  優しい人だなって思った、よ?  あの時、疲れてるだろうから早く寝ちゃえって、旭輝はすぐにお風呂入ったっけ。 「その聡衣が今、また俺のベッドにいる」 「!」  スプリングがわずかに傾いて、気持ちのところがキュってした。 「湯冷め、してないか?」 「し、てないよ。部屋」 「あぁ、あっためておいた」  初めてでもないのに。 「あ、りがと」 「あぁ」  そっと近くにきた旭輝に、声がひっくり返っちゃしそう。笑っちゃうくらいに、戸惑ってる。まるで初めてみたい。 「あ、旭輝、髪、濡れてる」 「あぁ」  口から心臓で出ちゃいそうで、クッ、って喉で息を止めた。 「聡衣って、いい匂いがするよな」 「は? 何、言って」 「でも今日はそのいい匂いが少し強い」 「! くさい? ごめっ」 「いや」  丁寧に塗っちゃった。ボディクリーム、すごく丁寧に塗っちゃったの。 「美味そう」 「!」  触ってもらう時に、少しでも気持ちいいって思ってもらえる肌になるようにって。 「な、何それっ、ご飯? お腹空いてる? ご飯にする? また今度ってことにして。それでもいいしっ、あの、ちゃんともう一回考えてもいいんじゃない?」 「聡衣」 「あのっ、男だよーって、なるかもじゃん? だから、その」 「やだね」 「っ」  手首をぎゅっと握られた。  ただそれだけなのに、心臓をぎゅっと握られたみたい。それでも慌ただしく暴れる心臓の鼓動が凄くて、全身、熱くて、熱くて。 「男、だよ?」 「あぁ」 「いいの? その」 「いいよ」 「胸、ないしっ、柔らかくないし、抱き心地なんて」 「聡衣がいい」 「……」 「聡衣とセックスしたくて、髪、乾かすのもせずに出たんだ」 「っ」 「お預けはなし」 「あき、」  触れる、キス。 「……ン」  じゃない。 「ん……っ、ン」  絡まる、キスのほう。 「ん、ふっ……ぅ」  舌、溶けちゃいそう。旭輝のキスが熱くて、唇が気持ち良くて。 「んんっ……ン」  このキス、気持ち、ぃ。 「あ……」  離れると、舌先が痺れる。急に舌先に注がれた甘い蜂蜜にびっくりしたみたいに。 「聡衣……」 「あっ……」  身体がやば、い。 「あっ……ン」  まるで、本当にごちそうでも食べてるみたいに、旭輝のキスが首筋を犯してく。ゾクゾクする愛撫はやばいの。つま先までほらもう。 「あ、待っ」  もう快感でおかしくなりそう。 「旭輝、あのっ」  理性とか、羞恥心とか、なんか、もろもろが、弾けて飛んでっちゃう。 「聡衣」 「っ、ごめっ、あの、こ、ういうの久しぶりで、ちょっと、その、あのっ」 「聡衣」 「あ、あっ」  ど、しよう。  ちょっと、怖い。  身体が反応しちゃってて、でも、でもね、やっぱどっかで思う。男だけどって、男の身体だよって。旭輝が俺に触れた瞬間、どんな顔。 「聡衣」  どんな顔、しちゃうのかって。  ハッとするかもしれない。少し、眉を顰めるかもしれない。もしかしたら、触れてくれた手が強張る、かも――。 「はっ、やばいな」 「旭輝?」  それは抱き締められなかったら聞こえない小さな声だった。  鷲掴みにするように力強く引き寄せられなかったら、聞き取れない細やかな声だった。  でも、ちゃんと聞こえた。  ――この人を俺が、なんて。  そう呟く嬉しそうな独り言。 「旭輝」  あまりに嬉しそうで。その小さな独り言で思い知らされた。 「触って、たくさん」  女の人みたいに抱き心地は良くないかもしれないけど。 「触って、欲し」  でも、旭輝に触って欲しくて、たくさんたくさん丁寧にボディクリームを塗ったの。触ってもらう時に、少しでも気持ちいいって思ってもらえる肌になるようにって思いながら、塗ったから。 「旭輝」  だから触って欲しくて、そっと乾かす手間さえ惜しんでくれた濡れ髪を抱き抱えて、彼の唇の隙間に舌を入れた。

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