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第74話 もだもだ
「わぁ、これすっごい可愛い」
「あ、いーじゃん、それっ」
週末、今年最後の営業日。
この後、週末がちょうどお正月だからお店は休みに入る。次、出勤は休み明け。
お店に買い物に来ていた女の子二人のはしゃいだ声が、店内を賑やかにした。楽しそうに可愛い今年っぽい丈のニットを選んでる。
「あ、でも、こっちのもいーかも」
「んー……」
女の子って感じ。
華奢で、ふわふわで、アンクルブーツにタイツにスカート。女の子にしか似合わないって感じ。女の子だから当たり前なんだけど。
そんな二人がようやくニットをどちらにするのか決めたところで、さりげなくレジの方へと向かった。
「ありがとうございました」
にこやかに挨拶をすると、濃いめのピンク色の口紅で彩った唇をキュッと結んでペコリとお辞儀をしてくれた。そしてその子たちがくるりと髪を踊らせながら、お店を後にした。
少し、はしゃいでる感じが旭輝の雰囲気には合わないかなって思うけど。
あれ、あの印象がすっごい残っちゃってるんだと思う。旭輝の職場のエントランスのところで、引き止めるように声をかけた美人な人。甘い香水を軽やかに身につけちゃいそうな美人。
あの人の印象がすごいから、旭輝の隣に並ぶ女の人はすっごい美人、っていうイメージがあるけどさ。
でも、どうだろ。ああいう感じのフワンフワンした感じの子の隣でかっこよく微笑むっていうのも、それはそれで合ってる気も――。
「どうかした?」
「! あ、いえ」
「ちょっと今日は忙しかったね。でも、あと一時間で今年の営業終了だ。今日はこの後、彼氏と飲みに行くんだっけ?」
「あ、はい」
そうなんだ。今日はすでに冬休みに突入してる旭輝が家にいて、ひとりでのんびり大掃除をしてるんだけど。外で飲まないかって。俺が明日休みなのもあって誘ってくれた。明日大掃除一緒にしようよって言ったんだけど、暇だからひとりでのんびりやってるって。それで、夜に冬休み始まりを祝って、なんか、あの人、まだ名前覚えてないんだけど同僚の悪い人も連れてくるって言ってた。
「旭輝と、旭輝の同僚と三人で飲もうって」
「へぇ、聡衣くんを見せびらかすのか」
「っぷ、あは、そんなんじゃないですよ」
なんかお礼をしたいんだって言ってた。よくわからないけど、ちょっと異色のメンツだよね。
国見さんが優しく微笑みながら、隣で商品を畳んでくれてる。
俺もそれを急いで手伝いながら。
そしたら、国見さんが「後一時間でこの棚仕上げちゃおう」って、俺以上の速さで整理を始める。
「国見さんのお店って人気だなぁって思います。よく、こんな忙しいお店を一人でやりくりしてたなぁって」
「あははは。僕、結構できる男なんだよ?」
「! っぷ、あははははは」
いきなりドヤ顔して見せる国見さんがおかしくて、つい笑っちゃった。
「……なんか、あったかな」
「!」
そして、ふわりと声のトーンを大人の男のそれに変えて、そっと尋ねてくれる。
気がつかれ、ちゃう、よね。
お客さんなのに、俺、今、女の子二人組のことめちゃくちゃ見ちゃってたもんね。
悩み事はうちに置いてこいって感じだよね。
「彼氏のこと、かな」
「! すみませんっ」
「僕でよければ相談に乗るけど」
「……ぁ」
「ちょうど今ならお客さんもいないし」
「ぁ、えっと」
注意されると思ってた。
けれど、包容力抜群な国見さんはそう言って笑ってくれる。
「どうかした?」
「……ぁ……えっと」
そうたいした悩み事なんかじゃないよ。でも――。
「旭輝、って……ノンケなんで」
「うん」
国見さんは俺と同じゲイだから。
「やっぱり付き合ったことがあるのって今まで女の人ばっかで」
「うん」
「って言っても、その、本気の交際、とかはあんまりしたことないって言ってるんですけど、その、でも、それでもずっと女の人ばっかで。男は恋愛対象外なんです。俺だけって……」
そう言ってくれるのすごく嬉しいけどさ。俺にずっと片想いしててくれたなんて、すごく、すごいことなんだけど。
「でも、俺、男なので……」
「うん」
「女の人、みたいにはなれないじゃないですか」
「……」
「可愛いものが似合うわけでもないし。そのなんていうか、俺は男なので」
さっきのお客さんみたいに素直にはしゃいだりもできないし。上手に彼氏に甘えるなんてこともあんまり上手じゃない。まぁ、それは俺の場合ってだけで、陽介はすっごく上手に彼氏に甘えたりできるんだけど。
でも、俺はそういうのは苦手で。
下手なんだ。
甘えるのとか。それに――。
「なんか、やっぱり基本的に旭輝は……」
いわゆる、男役で。
俺は、いわゆる、女役。
「……」
旭輝が思っているのは綺麗で華やかで、なんていうか――。
「そんなこともないと思うけど」
「……え?」
「まぁ、そのもだもだしてるところも聡衣くんの可愛いところなんだろうねって話」
「もだもだ……」
「そ、もだもだ」
「あの」
「そうだ。年代違うから知らないかな」
「?」
「僕ね、テレビ番組であれが好きなんだ」
なんだろ。テレビの話になっちゃった。
「NG集みたいなの」
「NG、ですか?」
「そ。お芝居に失敗しちゃったところの、あの感じ。面白いよね。綺麗な女優さんやかっこいい俳優さんが、セリフまちがえた途端、素になる感じ」
「はぁ、まぁ」
「つまりはそういうことだよ」
「え?」
ちょうどそこにお客さんがやってきた。お店のドアを開けると鳴る、少し乾いた鈴の音に国見さんがいち早く駆け寄りながら、後一時間ないからねって、時計を指差して教えてくれた。
「いらっしゃいませ」
時計を見ればもうあっという間に仕事上がりの時間になってしまいそうだった。
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