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第76話 欲しがり方
河野のお気に入りだった枝豆の塩昆布和え、美味しかった。
あの店は職場のみんなでよく「いつもの」場所で、塩昆布和えは「定番」なんだって。
最初、すっごい、嫌な奴だなぁって思った。
接客業やってれば嫌なお客なんてまぁまあ遭遇するから慣れてるけれど、嫌な人だなぁって。
そう思ってたけど。
違った。
案外優しい人で、案外思いやりのある人で、案外真面目で。
「帰りの電車、結構混んでたな。ただいま」
「……うん。おかえり」
楽しくて、面白い人だった。
「聡衣も、おかえり」
旭輝はじっとこっちを見て、小さく微笑みながら、帰り道の北風にすっかり冷たくなった頬に同じように冷たくなった指先で僅かに触れた。
ただいま、おかえり。
旭輝はその挨拶をいつも丁寧にしてくれる。
少し嬉しそうに。
幸せそうに。
「シャワーだけで済ませるか?」
まるで、当たり前の挨拶だけれど、一人ではしない挨拶を、ここで、俺とすることを、一緒にいることを、とても喜んでくれてるみたいに。
「ぇ……あ、ううん。寒かったし、お風呂」
「りょーかい」
「それで」
ね、やっぱ、河野は親切な人、だよ。
「……聡衣?」
「……お風呂沸くまで」
鼻で笑われちゃったんだ。
はぁ? どうしてそんなばかげたことを訊くんだって。
言いたいこと言って、したいことしたら、嫌われないかなって言ったらさ、すっごい呆れた顔された。
「もう一杯飲もうよ。二人で」
「……あぁ」
缶チューハイとビールを一つずつ。お風呂が沸くまでの十五分から二十分。本当はビビりで怖がりな俺はお酒の力を借りて、河野の後押しに支えられて。
「じゃあ、カンパーイ」
二人でいつも使ってるグラスで本日二回目の乾杯をした。
「ね……ワリバシって知ってる?」
「? 箸の?」
「じゃなくて、子どもの頃やらなかった? 指遊び、みたいなの」
「いや」
そうなんだ。
俺が子どもの頃はよくやったんだ。うちさ、シングルマザーで、フルタイムで働いてたから、ずっと学童でさ、そこで教わったの。結構頭を使うゲームで、すっごい流行ってたんだ。ちょっとでも暇な時間があるとみんなやってた。使いのは手、指だけだから簡単でね。
そう話しながらソファの上に膝を抱えるようにして座った。
「まず、一本ずつ、指を出すの」
それでお互いに向かい合わせになる。旭輝は手に持っていたお酒をテーブルに置いて、片足だけソファに乗せた。
「で、先攻後攻を決めて、じゃあ、お手本で俺からね」
そして、人差し指でちょこんって旭輝の手の甲に触れる。
「触れたこっちの、俺の指の数だけ、旭輝の方が指を足して」
今だと俺が一本指で触ったから、旭輝はその一本も足して。
二本指。
チョキみたいにしてもいいし、どんなでもいいよ。とにかく二本指。
で、今度は、例えば、旭輝の二本指を出してる手で俺に触れたら、俺の指が三本に増える。
そっちじゃない反対側の手で触れると、一本指で触れたから、俺の手は二本指になる。
触れられた指の数だけ、折りたたんでいた自分の指を広げてく。
つまり、触れると触れられた分だけ増える、みたいな感じ。
五本になったら、その手はお終い。
引っ込めて。片手でやっていく。
他にも細かいルールがあるのを教えると、さすがエリート、一回の、しかも辿々しい下手くそな説明にも関わらず理解してくれた。
「じゃあ、いくね」
ソファの上でしっかりと膝を抱えるように座り直しながら、指を出して身構えると、旭輝も楽しそうにしながら構えてくれた。
ちょこって触れて。
「はい、次、旭輝」
ちょん、って触れられて。
「じゃあ、次……俺ね」
また、触れて。
「……」
触れてもらって。
「うーん……」
触れて。
そこで、旭輝が手を止めて、じっと俺の手を見つめる。
「……案外、考えるな」
「あは、そうそう、結構考えるんだよ。次の次の一手とか」
「あぁ」
ちょっとだけ触れ合って。
ね、指先だけ、たった、どのくらいだろ、一センチくらいかな。そのくらいだけ触れる。ほんのちょっとなのに。
「じゃあ……次は、そうだな……どうするか」
ねぇ、旭輝も酔っ払ってる? 少しワクワクした顔してくれる。考えてるふりをして、うーんって、ちょっと唸ってみたりして。
そして、先が見通せたのか、口元を緩めて不敵に笑ってから、俺の手に触れてくれた。ほんの先、指の先でも触れられると熱かった。
たったのちょっとなのに、それでもドキドキする。
「次、聡衣の番……」
「……」
旭輝に触れると、たった一センチ程度でもね、電気が走るみたい。
「? 聡衣、どうか、」
だから、唇が触れるとものすごいの。
「旭輝に触られるの、好き」
「……」
ほら、キスしただけで全身が痺れてく。
手元ばかりを見つめて、無邪気に笑う君に下から覗き込むように身体をくねらせて、キスをした。
「旭輝に、ね」
そっと唇で触れて、そっと離れて、それからその懐に潜り込んだ。
「お姫様みたいに、宝物みたいに優しく大事にしてもらうのもすごく好き」
お酒のせいじゃない、笑っちゃうくらいの赤面を見られてしまわないように、その懐に隠れながら。
「好きなんだけど、俺、お姫様じゃないから」
嫌われないかなって。
緊張する。
「俺、男だから」
「……」
「お上品に待ってばっか、じゃない、よ?」
緊張で痺れる指先で旭輝の胸板に触れた。
「きっと旭輝が今までの、女の人みたいに、綺麗じゃないし、上品じゃない」
「……」
「身体も違う」
抱き心地も、繋がれる場所も、全部、ぜーんぶ。
「優しいの好きだけど、俺、男だから」
そっと、そーっと、その耳元に口づけしながら打ち明けて、旭輝の身体に触れて、キスをした。
「壊れたり、しない、から……」
きっと全然違うよ。
欲しがり方だって、全然違うけど、それでも。
ねぇ。
「……旭輝」
嫌わないでいてくれる?
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