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第97話 いざ! 我がアルコイリス、希望の新人バイヤー
「へぇ、じゃあ、聡衣君も仕事で来たことがあるんだ」
「はい。その時は、展示する側で、搬入とか手伝うアシスタント係って感じで」
「じゃあ、どこかですれ違ってたかもしれないね」
二人っきりの車内、渋滞のないまっすぐな道路にこんな青空、車窓を流れる景色、もしもこれがデートだったら、数名はほろほろ蕩けちゃいそうなセリフに表情だなぁ。そんなことを思いながら、海がこの先に見える大きな橋を車で通りながら話してた。
でも、多分この糖度高めな雰囲気は国見さんの通常仕様なんだろうって最近わかってきて。きっとこの人の恋人になる人はとっても、とっても苦労する気がしてる。
だってこの糖度で誰にでも接しちゃうわけでしょ?
「そっか……搬入……」
「え、なんでそこで、そんな難しい顔を」
「いや、聡衣君細いからそんな力仕事できるのかなって」
「できますよ!」
「本当にぃ? たまにトルソーと変わらない細さで間違えそうになるよ」
そう? そんなに細いっけ。お店によっては棒人間みたいなトルソーを使ってるところもあるけど国見さんのお店のって――。
「この前も間違えるところだった。君がトルソーに赤いニットワンピースを着せてる時」
「! それ、ウイメンズ用のじゃないですかっ!」
国見さんが高らかに笑ってる。
そこまで細くないとは思うし。細いとしても搬入とかの力仕事だってちゃんとこなせる。アパレルって上品な笑顔でいらっしゃいませって言いながら服を売るばっかりじゃない。新商品が入荷すればそれ抱えて売り場まで走ったり。立ち仕事ってだけじゃなくて、力仕事も結構あって、体力資本の仕事。それをもう何年もやってるんだから、展示の搬入だって全然やれるし。
「それにしてもすごいね。展示ブース、全部調べたの?」
「あ! はい。少しでも下準備しとこうと思って」
どこのエリアがどの系統のファッションで、どのアパレルメーカーがどこにいるのか、まるで試験勉強みたいに頭の中に詰め込んである。そして、自分が知っているスーツメーカーとか、気になってた紳士服メーカーもちゃんとチェック済み。
この展示用の案内図にはその覚えた情報プラス、店の名前もしっかり書き込みをしておいた。
「すごいね」
ストレートに褒められるとくすぐったくて、照れ笑いで誤魔化した。
「応援してもらってるんで」
「彼氏?」
わ。
「はい」
なんだろ。ただ、旭輝のことを彼氏と言われただけで、なんで。
「すごいな」
「え?」
「聡衣君って表情豊かだなぁと思ってたけど、そんな表情は初めて見た」
「……」
なんで、彼のことを彼氏と頷くだけのことでこんなにくすぐったいんだろう。
俺は、今。
「久我山君が羨ましいなぁ」
今、どんな顔をしてたんだろう。
会場はよくコンサートとかイベントなんかの催し物にも使われる大きなところで、表から裏側に回るだけでも一苦労しちゃうような規模。
駐車場もやっぱりかなり大きくて、明日からの土日に関しては一般入場者に限っては車での来場を控えてとアナウンスがあった。業者と、それから今日、金曜日のビジネスデイだけは来場方法についての制限は特に出てなかった。
駐車場もとにかく広くて、場所柄なのか車のドアが勝手に開いてしまうほど強い風が海側から吹き付けてくる。
けれど、中に入ると、熱気がすごくてコートを脱いでしまうくらい暑かった。
「わ、ぁ」
イベントでも来たことあるし、この展示会に出展者側として参加したこともあるけど、やっぱり天井の高さ、空間のだだっ広さに感嘆の声が溢れる。
「どうしようか。最初は勝手がわからないと思うから。一緒に回ろう。もしも店に置いてみたくなるようなスーツを見つけたら教えて? で、午後はそれぞれで探検」
「了解ですっ!」
でも大丈夫。どんなに広くても、目当てのエリアがどこにあるのかは把握済み。旭輝と一緒にソファでくつろぎながら、今日のためにちゃんと頭に入れてあるんだ。
旭輝も頑張れって応援してくれてる。
そしてあらかじめエリア情報をできる限りで書き込んだ案内図をぎゅっとしっかりと手に持って、お目当てのエリアへと顔を向ける。
気合十分って感じだねって国見さんが笑って。俺は笑うどころか意気揚々と今日来てきた一番お気に入りのスーツのジャケットを脱いだ。
臨戦態勢……ってわけじゃないけど、結構、暑い。
腕まくりでも全然大丈夫なくらい。
「じゃあ、行こうか」
「はい!」
「我がアルコイリス、希望の新人バイヤー」
「えぇ? ちょ、国見さんっ、なんですか、その変なネーミング!」
「変?」
そこでピタって止まらないで。急に走り出したと思ったら、急に止まるから、もう少しで激突するところだった
変って言われたことがショックだったのか、自分の発言を噛み締めるようにもう一度呟いてる。そういうところ、ちょっと蒲田さんに似てると思う。
「よし! 出遅れたら、良いものがなくなっちゃうかもしれない! ほら! 行くよ!」
「は、はい!」
やっぱり蒲田さんに似てる。また急に動き出して、子どもみたいにはしゃぎながらスーツエリアに向かう国見さんに置いてかれないようにと慌てて後を追って駆け出した。
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