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第112話 君がいるから頑張ろう

 ――ついてく。  そう言ったけど、どうなの。  どうなわけ、社会人として、仕事をしているけっきとした大人として、入って数ヶ月でって、しかもすごく評価してもらえいて、俺もここで頑張りますって言ってたのに。  入ったの、十二月でしょ?  今、二月。  ちょうど三ヶ月。  お試し期間がそろそろ終わるよね。  あ、でもこのタイミングでならむしろ、よかったりする?  いやいや、そういうことじゃなく、俺としても仕事に――。 「……くん、聡衣君」 「! は、はいっ!」 「君にお客さま」 「へ? あ……」  国見さんの肩越し。 「あ……河野」 「いや! だからなんで呼び捨てなんだよ!」  お店に、とっても珍客が……やってきた。 「あのなぁ、そんなに親しくないのに、どーしてお前は俺を呼び捨て? 親友か?」 「ううん。違う。え? 親友ってどういう相手のこと言うかわかってる? すごく親しい、」 「わかってるっつうの!」  なんだ。  説明してあげようと思ったのに。  国見さんが休憩を取らせてくれた。ちょっと早いけれど長めのお昼休憩にしていいからって。今日はそんなに混んでないからゆっくり外にでも出ておいでって。そんな気を使ってくれるオーナーなんていないよ? って感謝して、お言葉に甘えさせてもらった。  そのくらい、何か神妙な面持ちでお店に河野がやってきたから。  だから何かあったのかなって。  河野って相談できる人っていなそうでしょ?  そもそも「親友」と呼べる人がいなそうじゃん。なんというか周りはみんな蹴散らしてやるって思ってそうっていうか。好かれてないっていうか。一番仲がいいって呼べるのが旭輝くらいっていうか。ほら、旭輝ってそういうの気にしないでしょ? 人に好かれてるかどうかとかさ。  あ……でも、俺には好かれてるかどうか気にする、かも。 「……なんでそこで赤面するんだ」 「ちがっ! 河野にじゃないってば」 「そうだったらたまげる」 「たま……」 「たまげる、だ」 「意味くらいわかるけど。やっぱり河野って言葉のチョイスが微妙だよね」  河野はもうそこで反論しても無駄だって思ったのか、わざとらしく大きな、とてつもなく大きな溜め息を一つついた。 「で、何? 河野」  用事がなくちゃこないでしょ? そんな問いに、少しだけ眉をピクリと動かした。 「まぁ、いい」  あ、呼び捨ての件とか諸々諦めた? 「その……あれだ……」 「?」 「久我山の同僚が変なこと言っただろ?」  変なこと? 「その……昨日、送別会にお前が来たって聞いた」  唇をキュッと結んでる。 「それで、まぁ、色々聞いた」  聞いたって? 「久我山には久我山の考えがあるんだろ。それで異動のことはまだ言わずにいたんだろうし。その、昨日のは本当にただの送別会だ。彼女には長く付き合ってる恋人がいて、今度結婚するんだ。その送別会。俺は誘われなかったが」  あ……誘われなかったんだ。やっぱり。  まぁ、確かにそこにいなかったもんね。いるかなって思ったんだけど、いなかった。  そっか、呼ばれなかったんだ……ごめん、河野。 「だから、久我山は」 「あの」 「浮気はしてない」 「うん、知ってる」 「………………」  わ。  すごい、目を丸くした。  そんなに? ってくらいに目をまんまるにした。  そっか。もしかしたらその後、拗れちゃったかもって思って、説明しに来てくれたんだ。 「あの、知ってる。昨日、ちゃんと旭輝から聞いた。異動のことも、そのこと含めてその今度結婚するんだって人に相談してたことも。でも、ありがと、っていうか、すごいそれ心配して来てくれたの? 土曜に? ごめん」 「し、心配なんてしてないっ、ただ、偶然、そのことを聞いて。だからっ」 「うん」 「それでお前らが破局して、やけになったいあいつが一生仕事に生きる、とか言い出したら俺にとって今まで以上に邪魔な存在になるから」 「うん」 「だからっ」  笑うの我慢しないと、せっかく心配してくれたのに。  でも、真っ赤なんだもん。 「なんで笑ってんだよ!」 「だって」 「それになぁ」 「うん」  最初、超、やな奴なんだと思ったけど。 「ありがと。河野、いい奴だね」 「だーかーら! 呼び捨て!」 「あ、そうだ。河野」 「あ?」  そんなことなかった。結構どころか、とてもいい奴だった。 「俺、ついてく」 「……」 「旭輝に、ついて行こうと思うんだ」  そこで例えば、陽介なら、寂しくなるなぁって言って、でも笑ってくれると思うんだ。けど、河野は。 「へぇ、そうか」  そう言って、ちっとも寂しそうでも笑うとかもなくて、なんかそれがやっぱり。 「河野って面白い」 「だから、なんで、お前が呼び捨てなんだ!」  とても面白い奴だなぁって思った。 「まぁ、いいや。丸く収まってんなら。俺がとにかく言うことは何もない。それじゃあな。仕事中に悪かったな」 「ううん。あ、ねぇ」 「?」 「ありがとね。それからさ旭輝って――」  面白い奴と友達になれたなぁって、思った。 「……あ、もしもし、旭輝? ……うん。今休憩中。さっき、河野が来たよ……あはは。応援しに来てくれた。それでね?」  ――は? そりゃ、会社で言いふらししてないけど、隠してもいないぞ。あいつ節操なしだったから、いまだに、まぁ色々チヤホヤされるんだろ。その度に恋人ができたって、名前は伏せてるけどな。会話の流れで聞かれれば、同性ってことも。別に、それで差別だ偏見だ、なんて愚かなことをする奴なんていないだろ。今時。いたら、そいつが大馬鹿なだけで、ここにはふさわしくないってだけのことだ。 「なんか声聞きたくなっただけ」  ――見りゃわかるくらいに、デレたダラシのない顔してお前のこと話してるから、そのうちチヤホヤもされなくなるだろうけどな。 「あはは、そんじゃーね。今日の晩御飯なんですか? ……やった。パエリア! ……うん。じゃーね。ありがと。頑張ってくる」  午後も頑張ろう。お昼休憩、早くに取ったから、この後、少し長めになるし、喉乾いちゃわないように。電話を切ると、最後にお茶を一口飲んだ。  それから、国見さんにはちゃんと言おう。申し訳ないですって言って。 「……よし」  どうしても、この大好きな仕事と同じくらい大好きな人がいて。 「……いらっしゃいませ」  その人のことも大事にしたいから。 「はい。伺います」  俺、ついていこうと思ってますって。国見さんにちゃんと、後で話そう。

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