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第113話 魔法使い

 旭輝が俺のこと、他の人にちゃんと話してくれたって、すごく嬉しかった。  まぁ、差別はなくても、あんまり話したりとかオープンにはしないでしょ。  けど、旭輝は恋人がいるって俺のことを話してくれてた。  なんていうの?  なんていうか。  俺とのことを周囲に対してちゃんとしてくれたから。 「お疲れ様。聡衣君」  俺も、ちゃんとしたい。 「あのっ、国見さん!」 「んー?」 「お話があるんですっ」  そう切り出すと、国見さんは商品整理の手を止めて、優しい顔で振り返ってくれた。  すごい。  どうしよう。 「た、た、ただいまっ」 「あぁ、おかえり、聡衣」  ねぇ、どうしよう。 「? どうした? そんなに息切らして」 「あのっ」  ねぇ、ねぇ。  大慌てで、玄関に激突しそうな勢いで帰ってくると、旭輝がもう夕食は作り終えたみたいで、リビングでまた映画を見てたところだった。そのソファに飛び乗るように座ると、勢いの凄さに目を丸くしてる。 「聡衣?」 「ネットで! クビじゃなくて! 優しくて! あと、あのっ、ありがとうっ!」 「? いや、全然、何もわからないぞ」 「だから、つまりは!」  すごいんだってば。 「旭輝が俺のこと、本当に大事にしてくれてありがとうって、こと」 「……何」  何、じゃないです。  だから、優秀な頭脳持ちでいつだって冷静沈着な旭輝の珍しく理解不能って顔をしばらく眺めてから、不思議そうにしてる口にキスをした。 「今日、国見さんに、仕事のこと、言ったの」  お店が終わってから、商品整理をしている時にね。 「あは。びっくりした? でも、早めに言った方がいいと思ったんだ。だって、もう旭輝についていくのは決めたし」  すぐじゃなくても、旭輝にはついてく。国見さんのところに新しいスタッフが入るまで、とか? もしくは、国見さんが納得してくれるまでとか。とにかく国見さんに納得してもらえたら。旭輝が引っ越すのがいつかはまだ確定してなくても、四月にはもうそっちにいるでしょ? あと一ヶ月とちょっと、その間に仕事をちゃんと整理して。それからって思った。でも、国見さんの返事は全くの予想外だった。  ――いいよ。  そう笑顔で返事をされて、思わず聞き返しちゃったくらい。  すんなりすぎて、あんまり俺ってお店の役に立ってなってなかったのかなとか、色々ネガティブになりかけたところで国見さんが笑って、そうじゃないよって言ってくれた。  ――まぁ、彼氏君の仕事がどういうものかっていうのは佳祐のことがあって大体わかってたから。転勤族みたいなもんだもんね。だから君らがそういう関係になって、しかもとても真剣に付き合ってるようだったから、君がここにずっといてくれるとは思ってなかったんだ。  旭輝の仕事は異動の連続。定住なんてできるのは、まだまだずっと先の話で、今はまだ数年に一回地方と霞ヶ関を行ったり来たりが続く。  だからそうなるのは予想できていた。  ――それで、もしも異動ってことになれば君はついてくだろうとも思ってたしね。でも僕も優秀な人材を逃したくない。それで、これは、今度はこちらからの提案なんだけど……。  ここからがすごいんだってば。 「あのね! 俺、オンラインで国見さんのお店の仕事やることになったの! 倉庫も借りる予定だから、実店舗としてそこを活用してもいいって」  そう言ってもらえた。  すごくない?  ――もうこれからの時代はアパレルにとってはとても厳しい。実店舗で買う人はどんどん減っている。みんな手軽に買えるオンラインが主流だ。うちも少し前からオンラインでのショップ経営を考えてたところだったんだ。  仕事の内容はネットショップのオーナー。もちろん、国見さんも経営には携わるんだけど、品物の掲載方法とか品揃えの匙加減は俺に任せてくれるって。  実店舗に来てくれるのは昔からの常連さんが大多数。のんびりコミュニケーションの一つとして買い物を楽しむ方ばかりになると思う。  ――君ならできると思うんだ。謙遜するんだろうけど、本当に。  そんなの謙遜じゃなくて、本当に俺に? って思うに決まってる。でも、国見さんは優しい口調のまま、この前の展示会での俺の目利きは評価高かったって教えてくれた。最後の方、すごくスーツの知識が豊富な人と話せたんだ。女性だったけど紳士服の販売に携わって何十年っていう人。息子さんの成人式の時はスーツの見立てをしながら泣きそうだったって。その時の人がとても俺のことを評価してくれてたって。  それに、アパレル販売員としての提案の仕方がとても上手だから、それを十分生かしてネットショップをよりいいものにして欲しいって。  ねぇ、すごくない?  すごいよね。 「俺ならね、その、あは……自分で言うのちょっと照れくさいんだけどさ」  これは国見さんが言ったことだからねって念を押した。自分のことを褒めるのなんて恥ずかしいじゃん。 「欲しいものを提供するお手伝い? を、できる人だからって」  それは実店舗でも、顔の見えないインターネットの向こう側の人二でも。こういうのが欲しいかもしれない、をたくさん提供できるからって。 「知ってる」 「え?」 「俺はそうやって聡衣に魔法をかけてもらったからな」 「……」 「かっこいいスーツメンズ」 「……あは」 「なっただろ?」  そうだね。  たしかに。誰よりもかっこいいスーツメンズになっちゃった。  そのイケメンがカッコよく笑いながら、キスをくれた。そっと触れて、離れて、すぐそこにある俺の瞳をじっと見つめてから。  ありがとう。聡衣。  そう丁寧に、丁寧に、俺に告げてから、今度はもっと深くて甘いキスをしてくれた。

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