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新年のご挨拶編 6 そして、疑問だけが残った。
どうしよう。
「陽介! ね、マジで! 大変なんだけど!」
ねぇ、ねぇ、どうする?
「おー、どうしたどうした」
「ちょ、そんな呑気なことじゃないんだってば。行く? 来る? あ、やっぱ、行く、かな」
「………………セクハラ電話は恋人にかけてくださーい」
「そっちのイクじゃないってば! 行くの!」
「……」
「うちの実家にっ!」
「お」
そんなことなら言われたことがある。エリート官僚なら、うちの親に恋人として紹介する時自慢できるだろ、なんて言われたし。あとは、初めて俺がちゃんとバイヤーとしてスーツの買い付けをして、アルコイリス第一号店にスペース作らせてもらった時にも。
このスーツだったら、って言ってさ。
―― 恋人の実家へ挨拶も伺えるかな。
なんて言われたこと、あったけどさ。
でも、もうそこからすぐに引越しってなって、旭輝は仕事をしつつの引越しで大忙しだったし。俺もアルコイリス二号店の準備とかで忙しかったし。何より、新天地ってことで、結構慣れるまで大変だったりしたから、毎日がバタついてて。特にその後、それに関しては何もなく。
でもそんなことを言ってもらえたっていうだけで、本当に充分幸せだと感じてたから。
そのうちあるのかもねぇ、なぁんて思ってた。
「だから、そのうちが今なんでしょ。よかったじゃん。本気なんだって感じで。あ、じゃあ、今年のお正月は実家? そっかぁ。楽しみだねぇ」
「ねえええええっ、そんな呑気なこと言ってる場合じゃないんだってば!」
「なんで?」
「え?」
「だからなんでよ。別に、今、交際していますって報告するんでしょ? そんな超絶結婚指輪にしか見えないのまで嵌めてるのに、真剣じゃないです。将来は別れてる可能性大です。なんて事の方が問題でしょ。よかったじゃーん。それじゃあねぇ」
――プツン。
電話切れたし。
「………………ぇぇ」
今、超絶困ってるのに、この人、友達の相談に対して「よかったね。おめでとう。それじゃあね、で電話切ったし。
「あっ!」
いるじゃん。ここに同じく超絶エリートで、真面目な人が! いたじゃん! 俺のスマホにいる登録されている連絡先から一つを呼び出した。
『はい。もしもし?』
蒲田さんならさ。
『この間は美味しい梅干しをありがとうございました。成徳さんとおにぎり祭りを開催させていただきました。とってもいいお天気の中、美味しくいただきました」
え?
何?
そのおにぎり祭りって。
あいつ、そんなことすんの?
っていうか、まず、何するの?
おにぎり祭りって。
だって、おにぎりってそんなたくさん食べられないでしょ? 大人でも二個くらいじゃない? もしも、もしもね、仮に河野がスポーツやってる男子高校生みたいな胃袋を持ってたとしたって、そんな祭りなんて単語使っちゃうくらいにおにぎり食べられないでしょ? せいぜい、いったとしても四個じゃない? それでも驚愕な量だけど。
『あれ? この電話、聡衣さんからでは? 勘違いしてしまいまし……て、ませんね。聡衣さんだ。あのー、間違え電話かけちゃいましたかー? 聞こえていますかー?』
おにぎり祭りなるものはなんだろうと思いを馳せていたら、蒲田さんが電話の向こうから必死に呼びかけてくれていた。
「あ、えっと、ごめん。あの、聞こえてます」
『よかった。間違えてかけておられるのかと。すみません。僕ばかりお話してしまって。そしてどうされましたか?』
まるでお医者さんみたいな口調でどうされましたか? と尋ねられて、実家に挨拶に来てくれることを打ち明けた。
『それは、おめでとうございます』
「あ、うん。けど、じゃなくて」
『はい』
「あの……」
なんだっけ。
「あの」
なんていうか、大変だって思ったけど。
「俺、まだ親にちゃんとは言ってなくて、さ。あ、でも、多分知ってる。知ってるとは思うし、そんな感じのことをふわりと言われたような、そうでないような。けど、そんなだからはっきり言い切れてなくて、知ってるだろうけど、知ってるならもう敢えて言わなくてもいいやと放っておいた感じで。そしたら、さ』
『それはつまり……恋愛対象の……』
「あ、うん」
『でも、あんな素晴らしい人、きっと聡衣さんは世界中に自慢したくて仕方ないのでは?』
「あ、うん」
そうだよ?
めちゃくちゃ自慢したいくらい、すごいかっこいいんだから。それこそ行き交う人一人一人に自慢して回りたいくらい。しないけどさ。でも、そのくらい自慢の。
『なら心配されることはないのでは?』
自慢の、宝物、なの。
『僕も成徳さんはとっても自慢の素晴らしい恋人です……えへへ……えへ……うふ……えへへへ、恋人と言ってしまいました』
絶対に今電話の向こうで真っ赤になってるだろう蒲田さんを簡単に想像できた。
『それでですね。その恋人を、この前、自慢してしまいまして。聡衣さんもご存知かと、同僚の女性の方がいらっしゃるのですが、その方が、どこがいいのだ? と問うてくださったので。河野さんの素晴らしいところを丁寧に説明して差し上げました』
そんなことしたの?
その同僚の女性って誰のことなのかすぐに分かったんだけど。
あの迫力ある美人でしょ?
なんかすごいね。きっと蒲田さんに敵う人なんていないんだろうな。だってあの迫力美人に尻込みすることなく、すっごい笑顔で「そんなの聞きたいわけじゃない」っていうオーラ全開に出してただろう彼女に、淡々と説明するなんてさ。
『おめでとうございます。それでは、河野さんがもう我慢できそうにないので』
「え? 河野いるの? あ、ごめんっ、なんか」
『大丈夫です。今すぐ入れたそうにしてますが、まだダメでしたので少し辛抱していただいてるんです』
「え? えぇ?」
もしかして、今、最中だった? 休みなんでしょ? まだ午前中だけど。真面目な蒲田さんはそういう行為は夜するものです。とか言いそうなのに。
『頑張ってください。楽しいお正月、お迎えくださいね』
「え、あ、うん」
『そろそろ入れてもいいかと思うので。失礼します』
「あ、こちらこそごめんっ。最中に」
『いえいえ』
そして、電話は切れた。
きっとこれから、午前からの情事の続きをするだろう蒲田さんとの電話。
そっか。
まぁ、そっか。
確かに、問題、ないのか。うちに来て、挨拶する、だけだもんね。
「って、おにぎり祭りってなんなん……」
そして、疑問だけが残った。
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