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新年のご挨拶編 7 ぼっちピクニック

 河野、本当にごめんね。せっかくの休みに朝から蒲田さんとイチャイチャしてたところに無粋な電話なんてかけちゃって。こっちで有名な漬物屋さんの梅干しを送ったからって、それじゃ済まされないよね。今度はカツオ風味の梅干し送ってあげるから、許してね。  ――お仕事中にごめんね。すごいプライベートな頼み事なんだけど、もしも今度、河野と連絡し合うようなことがあれば謝っておいてもらってもいい? マジごめんって。  それだけを旭輝へとメッセージで送ると即座に返信があった。  ――どうかしたのか? 何かあったか?  だって。忙しいのに、多分、もしかしたら、いや……すっごい自意識過剰な人みたいになるけど、多分、俺からの連絡だけは即座に出るようにしてたりする、の、かもしれない……なんて。  ――蒲田さんとのデートの邪魔しちゃっただけ。  おーい、仕事最優先。  ――なんだ。別に大丈夫だろ。邪魔してやれ。  仕事、ちゃんとやってるのかー。  なんて心の中で返事をしながら、旭輝の河野に対するいつも通りの塩対応に笑った。  ホント溺愛しすぎ。俺のこと。  そう思って、口元がつい緩んだ。  ね、こんなに溺愛してくれるんだもん。  自慢、しに行くのもいいよね。  あのね、お母さん、俺ね、ってさ。 「!」  そのタイミングで旭輝とのメッセージのやりとりを眺めていたスマホの画面がパッと切り替わり、着信の画面になった。  国見さんだ。 「あ、もしもし、お疲れ様です」 『お疲れ様』  国見さんの柔らかく落ち着いた声は電話越しに聞くと、少し低めで渋さが滲む。 『定休日でゆっくりしていたところすまないんだけど』 「あ、いえ、何か」 『いや、申し訳ない。そちらの店舗にあったスカートをこちらに送ってもらえるかな。取り寄せご希望なお客様がいてね』 「はい。いいですよ。品番いいですか?」 『あぁ、ありがとう』  品番を控えていると、その合間合間で電話の向こうから明るい声が聞こえた。その声に今さっきまで耳元で聞こえていた国見さんの声が急に離れて、その遠くにある声に向かって返事をしている。 「……汰由くん、いるんですか?」 『あぁ、今日は大学が午前お休みみたいでね。平日だし、ランチをと思ったんだ。今、外で花の水やりをしなが待っててもらってる』  そっか。お店、定休日だもんね。 『そっちはどう? 年末は彼のほう忙しいだろう?』 「あ、はい。けっこう忙しそうです。遅い時はすっごい遅くて」  この前も、もしかしたら日付変わっちゃうかもってくらいに遅くて、車で迎えに行こうかなと思ったくらい。なんかシステムの不具合と提出を急にせかされた書類が重なっちゃったらしくて。  帰ってきた時、「おかえり、疲れたでしょ?」って言ったら、「元気出た」って笑ってた。あの時、すごく、なんか……。 「でも、帰るとこ同じだから」  幸せって思った。 『なるほど……素敵だ』  うん。  そう、なんです。  帰るところが一緒、ただそれだけでもすごく素敵なことで、満ち足りてると思う。充分すぎるくらい。 「今度、俺の実家に、お正月? というか、その挨拶に年始の」  これから一緒にって挨拶に行こうって言ってもらえるなんて。 『パートナーとして紹介するのかな?』 「……はい」 『それは素敵だ』 「……はい」  とても素敵でさ。  問題とかなくて、不満もなくて、両手からこぼれちゃいそうなくらい幸せすぎて。 「なんか、すごいなぁ、と」 『まるで他人事みたいだ』 「だって」  国見さんが電話越しで笑っていた。 『いいお正月だね』 「……はい。ありがとうございます」  その時、電話の向こうで、汰由くんが元気な声で国見さんを呼んだ。呼んだけど、電話していることに気がついたみたいで、名前を呼ぶ声が、突然止まって、電話の向こう側からは、国見さんの笑い声だけが聞こえる。  汰由くん、どんな仕草をしたんだろ。  多分、何にも言葉はなくて、あるのは国見さんの嬉しそうな笑い声だけだけど、きっと絶対に可愛い顔してたんだと思う。  お休みの日に大好きな子とランチができるって嬉しそうな雰囲気が電話越しでも感じられた。 『さてと、それじゃあ』 「あ、はい」 『スカートお願いする』 「あ! はい!」  ちょっと、忘れてた。今ぽっかりと。  お辞儀をしながら電話を切った。それから忘れっぽい自分に苦笑いをしながら、今取ったメモを忘れないように財布に挟む。  スカートは明日出勤してすぐにピックアップしなくちゃ。確か右側の箱に並んでるはずだから。 「……そろそろ食べよっかな……」  外は綺麗な冬晴れ。かなり寒いけど、まだ今年の初雪は見てない。雪に不慣れな二人だから、案外楽しみにしてるんだよね。銀世界に変わるのを。  そして、本当に手を伸ばせば届いてしまうところに置いてくれたランチボックスを取って、ベッドの上でグータラピクニック。窓開けたら寒いだろうけれど、雲ひとつない青空は絶好のピクニック日和。 「いただきます」  丁寧に挨拶をして、おにぎりに卵焼き、キャベツの千切りサラダに、それから。 「っぷは。ちゃんとタコさんにしてる」  スパダリエリートが上手にタコさんウインナーを焼いているところを想像しながら、ずっと笑顔で青空が素敵なぼっちピクニックを楽しんだ。

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