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新年のご挨拶編 8 君の好物なんですか?

 きっと男女の恋愛をする人の多さに比べれば少ないだろう恋愛観。でも、その割には恋愛けっこうしてきた方だと思う。  でも、家族に挨拶したいなんて言った人は初めてで。  紹介したい、というか、紹介するみたいな間柄の人も初めてで。 『はーい』 「あ、もしもしっ、ごめんっ、今、へ、いき?」  二十四時間体制の仕事だから、いつが電話に出やすいとか全然分からなくて、適当に、電話をしてみると、呼び出し音二回で出られちゃった。  なんか、びっくりして、ほら、ちょっと緊張して声がつっかえちゃった。  しょっちゅう連絡してるわけじゃないけど、でも、絶縁ってわけじゃなくて、お母さんの仕事が忙しいって分かってるから、あんまり邪魔したくないって思ったり。ちょっとだけ、ゲイってことをふんわりと隠してるのが後ろめたいって思ったりで。 『平気だけどー? どうかした?』  うちの親だもん。  俺の、親だからさ、多分、そうがっかりしたり、発狂したり、悲しんだりはしないと思うんだ。けど、わざわざ言うようなことでもないかなって。 「あ、うん。今年のお正月ってさ」 『あ、うちに来る?』 「あ、えっと」 『今も引っ越した向こう? 正月とか来れるのー? お店は? っていうか、そっち寒くない? あったかくしなよ?』  すっごくよく喋るんだよね。っていうか、いっぱい矢継ぎ早に話しかけてきすぎてて、答える暇もないんだけど。  あ、とか、うん、とか返事をしかけると、もう次のことを訊かれて、ちっとも追いつかない。それでもお正月に紹介したい人を連れてくって言い出そうと、隙間を探して。  パパッと言えないじゃん?  けっこう緊張してるし。  それに、まぁまぁ大事なことだし。 『元気?』 「あ、うん」  質問の徒競走みたいに、大急ぎで流れていく質問たちが急に止まって、その短くシンプルな質問を電話の向こうから、ひょいっと、手渡された感じ。 「あ、あのさっ、すごく元気でっ、そのお正月に挨拶、そっちに行こうと思ってるんだけど」  落ち着かなくて、今日一日指定席になっているベッドの上、自分の枕をぎゅっと握った。 「紹介したい人、いるんだ」 『え?』 「あ、ごめんっ、あのっ、女の子、じゃな……ぃ……です」 『……』  恋人の性別、そっちじゃないんだって、小さな小さな声で呟くように伝えた。 『年下? 同じ歳? 年上?』  びっくり、した。もっと、こう、びっくりされたりとか、リアクションあるでしょ? フツー。なのに、一瞬、間があっただけで、そのまま話が進んでっちゃう。 「えっ、あ、同じ歳」 『へぇ』  今、ちゃんと、言ったよね? 相手、同性って。 「……うん」  手、汗が滲んでる。  それから頬から首筋のところも急に熱くなっていく。 『ね、聡衣』 「は、い」 『ごめん、なんて謝ることないでしょー』 「……」 『楽しみにしてるわー。っていうか、お相手の方、好物とかある? なんか用意しとこっか? お酒飲む? おせちかぁ。もう毎年適当だったからなぁ。今年買う? あ、ローストビーフとかいる? 甘いものは?』  ねぇ、だからさ。  ホントおしゃべり好きな人だから、ちっとも返事する暇ないんですけど。 「大丈夫。好き嫌いないよ。お酒も飲むし。おせちはなくても大丈夫だから。仕事忙しいじゃん。気にしないで」 『……そ?』 「うん」 『……りょーかい。なんか適当に用意しておくー』 「うん」 『楽しみにしてるからね』 「うん」  そこで電話を切った。  切ると、急に静かな部屋にワープしたみたい。耳元で聞き慣れてるけれど、少し懐かしいお母さんの賑やかさだけが残っていて。 「……はぁ」  びっくりしたかな。  どーだろ、うちの親だし。なんとなぁくて気が付いてただろうし。  女友達は多かったけど、部屋に「彼女」を招いたことが一度もない。  奥手ってタイプには見えなかっただろうし、夜遊びもまぁまぁするのに、彼女は作ろうとしない。  多分、その辺で気がつきそうだよね。仕事柄、なのかな。人の気持ちとか察するの上手な人だったもん。  孫の顔とか見たかったかなぁ。  でも、男女の恋愛派の人ぜーんぶが子ども授かるわけじゃないし。  でも……あの人、子ども好きだったから、さ。よく親戚の集まりとかで小さな子がいるとめちゃくちゃ嬉そうに笑って抱っこしてたっけ。がっかりとかさ、させ――。 「!」  その時だった。  今、電話を終えたばかりのスマホが小さく振動して。 「……」  ――パートナーさんに好きなもの訊いておいてね。めちゃくちゃ楽しみ。聡衣そういうの全然紹介してくれないからさぁ。  にっこり笑顔マークのスタンプと一緒に、そんなメッセージが送られてきた。 「……」  なんか、ちょっとさ。 「……」  嬉しくて、少し視界が滲んだ。 「ただいま」 「おかえりー」  やっぱり忙しそう。少しだけ疲れてそうだもん。帰ってきた時間は八時五十分。もうちょっとで九時になるところ。 「遅くなった。パン、聡衣のはこの前美味かったって言ってた、ライ麦と胡桃のパンにした。けど、ビスクのパイも美味そうだった。こっちにするか?」 「どっちも美味しそうだから半分こがいい」 「あぁ、そうだな」 「あのさ。旭輝の好物って何?」 「?」  シチューまで作っておいてくれてさ。疲れちゃうじゃん。あり合わせだけど、サラダ、作っておいたよ? それからポテトのソテーも。けど、シチューにじゃがいも入ってるじゃん、って後で気がついた。 「今日、うちの親に電話した。紹介したい人がいるって」  疲れて帰ってくる旭輝を、少しでも癒してあげられたらって。 「そしたら、楽しみにしてるって、お正月、何食べたい? って。だから、旭輝の好物、教えて?」  嬉そうに笑ってくれた。  教えてって、言ったら、少しだけ滲んでた疲れが顔からパッと消えて、めちゃくちゃ。  めっちゃくちゃ嬉しそうに笑ってた。

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