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新年のご挨拶 9 楽しい時間

 ――煮物とか好きみたいです。あと、おせちでなら昆布巻と数の子。  なんでか敬語になっちゃった。全然、普段なら敬悟なんて使わないのにね。なんだか改まっちゃって、硬い口調で、お正月に紹介したいパートナーの好物を母に伝えてた。  数の子とか昆布巻が好きなんだって。  それから煮物。  なんか意外。 『そうか? あんまり煮込む時間もないし、聡衣は洋食の方が好きそうだったから。煮物は、祖父母も一緒に暮らしてたから慣れ親しんでるんだ』  そうなんだ。おじいちゃんとおばあちゃんも一緒に住んでたんだ。  うちは完全な核家族だったから。親戚はすっごく遠くて。おじいちゃんとおばあちゃんはかなり山奥に住んでたことと、それから母の仕事の都合もあったりで、会ったことがあるのは記憶にない、本当に小さな頃だけだった。  母一人、子一人。  それを寂しいと思ったことはないし、うちの母親、すっごに賑やかな人だから、寂しいなんてこれっぽっちも、だった。 『へぇ、じゃあ、お会いするのが楽しみだ』  そう言って旭輝はとても嬉しそうに笑ってた。俺が家族の話をするとすごく嬉しそうに、笑って。 「あの、すみません」 「はい! あっ」 「こんにちは」  顔をあげると、常連のママさんだった。  折り紙でハートの作り方を教えてくれた女の子のママさん。 「今日は……」 「あ、これからお迎えなんです。ちょっとだけどうかなって見てみたくて」 「そうなんですね」  いつも娘さんを連れて来てくれていたから。ママさんはニコッと笑って、小さな店の中をぐるりと見渡した。  倉庫を兼ねていることもあるし、一人でまかなうにはあまり広くない方が良くて、きっと大きさでならアルコイリス一号店よりも小さなお店。でも、俺と国見さんが選んだものばかりが並んでいるお店の中は、宝箱みたいにキラキラしていて、端から端まで、大好きばかりが溢れてる。 「スーツ見たいんですけど」 「あ、はい、ありますよ。どうぞ。どんな感じのスーツをお探しですか? 色とか」 「あ、えっと」  スーツなら一番得意。あ、でも女性用となると紳士スーツよりも知識は落ちてしまうけれど。 「就職活動に使えそうな、あ! でも、できたら三月の卒園式と四月の入学式にも使えそうなのがよくて。って、難しいですよね」  ドレススーツとビジネススーツ。ビジネスは人によっては使用頻度高いだろうけど、そうじゃない人にはそんなにたくさん着る機会はなくて。でも、普段で使うには……ってなること多いかも。 「そんなことないですよ。特に女性だとドレスにもビジネスにもってアレンジできるスーツあったりします。就きたいお仕事がガッチガチにお堅い時はまた変わるのかもですけど」  ママさんは大慌てで「そんな」と首を横に振った。娘さんが、来年の春の小学生になるから、少し仕事の時間を伸ばすか正社員の仕事にしたいんです、と、少し不安混じりで教えてくれる。パートだと楽だけど、賞与なかったり、昇給も期待できるほどじゃなかったり、と小さく呟いた。  今から少しずつ正社員の仕事がゲットできないかなって、と、今度は笑って。  それなら、いっそうどっちにも使える方がいいよね。  お金持ちさんだと違うのかもしれないけど、何度も何度も、たっくさん着るわけじゃないのなら、就活用、卒園用なんていちいち買ってられなかったりするでしょ? 「色は全然明るくなくても大丈夫で。黒、紺、グレー、お好きな色とかあります?」  俺がイメージしたのは少し柔らかい印象にもなるグレーかな。でも、あんまり明るすぎないグレー。そしてママさんがちょっとだけ迷ってから答えた色もグレーだった。  やった。イメージぴったり。  そう内心喜んで。  すでに頭の中に入ってるこのお店にあるウイメンズ用のスーツの中から一着、それから、もしかしたらこっちかもっていう一着を持っていく。 「この辺りとかすっごくお似合いって思います。卒園式とか入学式の時はこのスーツにコサージュつければ全然。たとえば……こういうの」  まだ十二月だから一番目立つディスプレイはクリスマスカラーに彩られているけれど、スーツのところに少しだけ置いてあるコサージュの中から一つを取り出した。 「グレーとピンクってすごく相性いいんです」  淡い、少しだけくすんだ優しいピンク色はママさんにぴったりの色だった。ふんわとした花びらが丸く中心に飾られているパーツを包み込むように花開いた薔薇が二輪。その周りを霞草のように見えるリボンのお団子が連なる軽やかなチェーンが交差する形でくるりくるりって花を囲んでいる。 「これなら柔らかくなってスーツもカチカチに見えないんですよ」  ママさんの顔がパッと明るくなった。うん。多分。気に入ってくれた。 「就活の時も、ガチガチにしなくて大丈夫ですよ。新卒の大学生ならそっちの方がいいけど。お客様ならむしろ白いシャツよりもこのくらいの柔らかいブラウスの方が社会人って感じがして」  むしろ大人の女性って感じ。しかもこれ前後どちらも前に持って来れるから、ある意味ツーウエイ。こっちを前にするとリボンが首周りに巻かれている感じのブラウスで、後ろを前にするとそのリボンが胸元で交差しながら編まれていて。どっちもいい感じ。このシリーズは見た瞬間からナイスって思って、シリーズ全部買い付けたんだ。こっちも素敵で。前後どちらも胸元は広めにカットされてる。ただそのカットの仕方、形が違うだけで全然印象が変わってくる、すっごい素敵なデザイン。 「これならブラウスも就活、卒園、入学バッチリです」  楽しくて、俺がつい話し込んじゃいそうなくらい、ママさんの就活と、娘さんの卒園、入学の時、どんな服がいいかって、たくさん考えてた。  すごく楽しい時間だった。

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