135 / 143
新年のご挨拶編 16 自慢
実家から最寄りの駅まではバスで十五分。歩くと、三十分はかかるかなぁ。駅のところでごっそりみんな降りるから爆睡とかしてても乗り過ごすことはないんだけど、いつもうちと駅までのルートのちょうど真ん中くらいのところかな。道路がガタついてるのか、ものすごくバスが揺れるところがあって、いつもそこで起きちゃった。夜中まで友達と通話で盛り上がってすごく寝不足だったり、試験直前の一夜漬けで挑もうとしている時だったり、その揺れで毎回起こされちゃって、二度寝するにはもう数分だし、って、思った。
高校はバスと電車を使って少し遠いところにしたんだ。
理由はすっごく簡単。笑っちゃうくらい子どもっぽい理由。
制服が可愛かったんだよね。ブレザーだったんだけど、ブレザーが深い色のグリーンで可愛かったからってだけ。
毎日、このバスに揺られて、電車に乗って、高校生の頃の自分がお気に入りだったアーティスの歌を聴きながら通ってた。
「懐かしいなぁ」
あの頃も好きな人とかいて、けど、同性だったから打ち明けられなくて、色々悩んだりもしてたっけ。
「そんなに懐かしいのか?」
「んー、ここ何年かは帰ってなかったから」
「……」
社会人になって自立して、実家に顔は見せに帰ってきたりもしてたけど、毎年ってわけじゃなかった。
「あ……」
ここの公園、ジャングルジムなくなったんだ。ボルダリングみたいな遊具に変わってる。
あ、ほら、ここ、コンビニだったのに、ドライブスルーありのカフェになったんだ。
へぇ、ここのコンビニは変わらないけど、違う系列のコンビニになってる。
あは、またここの角のとこはお店が変わってる。今度はパン屋さんかぁ。前に帰省した時は確かラーメン屋だった気がする。その前は……なんだっけ。とにかく風水でもなんでもいいから見てもらった方がいいんじゃない? ってくらいにどんなお店が入っても長続きしないんだよね。
不思議なとこ。
「あ、旭輝、そろそろ降りる」
「あぁ」
そこでちょうどバスの中の機械的なアナウンスの声が馴染みのあるバス停の名前を告げる。
二段分の階段を降りて地面に降り立つと新鮮で少し冷たい空気に包まれた。
「ここから、すぐだから」
高校生の時も使ってた。社会人になってたまに挨拶をする時にもここで降りて。
「こっち」
でも、何度もたくさん降り立ったこのバス停に、自分のパートナーを連れて来るなんてさ。
「そこのマンション」
思いもしなかった。
自分がこんな大切に、ずっとずっとこの先もずっと大切にしたいと思える恋をするなんてさ。
「聡衣」
「?」
「その、ネクタイとか大丈夫か? 俺」
「……」
思いもしなかったよ。
「大丈夫」
自分がこんな素敵なパートナーに出会えるなんてさ。
「全然、大丈夫」
二人暮らしだったからマンションで十分だった。
少し重いドアは小さな頃、開けるのがちょっと大変だった。強い風とか吹いてる日は特に。だって早くランドセル置いて外に飛び出したいでしょ?
見慣れたお正月飾りがその重たい鉄の扉にぶら下げられている。風習みたいなのは案外ちゃんとやりたがる人だったから。親戚に手芸好きな人がいて、その人が作ってくれたんだって、大事に毎年、それを飾ってた。
「いるかな。っていうか、着いたとか連絡してないや」
「……」
そんな難しそうな顔をしなくたって。
「っていうか、緊張しなくて大丈夫だって、うちの親も実家もそんな敷居高くないってば」
もう地面と水平だからなんて笑いながら、チャイムを押した。
ねぇ。
緊張してる?
俺はちょっとしてる。
だって、こんなふうにカミングアウトなんてする予定なかったし。反対はされないだろうけど、されるかもしれない、されないかもしれない、ってなってふんわりと避けてた。自分の恋愛に関しては親にはっきりと話したことなかった。
ちらりと隣を伺うと、旭輝が口元をキュッと締めて、ネクタイが曲がっていないか、本日何度目かわからないほどに直した首元をまた整える。そして、背筋を伸ばして。
くすぐったくて、笑っちゃいそう。
いつだって自信たっぷり。
優秀で有能な男。
世界一の良い男をこんなに緊張させられるって、すごくない? と思うと、緊張が吹き飛ぶ。
「俺ね」
「……」
「今」
旭輝に緊張してもらえることが嬉しかった。なんでもできちゃうくせに、俺にはもったないのに、緊張してくれるんだって。
もう頭良くないからなんて説明すればいいのかわかんなくてさ。すっごくもどかしいんだけど。とにかくね。
「すっごい幸せ」
「……」
「これ以上はないかもってくらい」
旭輝の瞳がじっと俺を捉えて、その瞳の奥がきらりと宝石みたいに輝いた気がした。
「はーい、早かったね。いらっしゃい」
「ぁ、お母さ、」
「初めまして」
ねぇ。
お母さん。
「久我山旭輝と申します」
すごいでしょ?
俺のね、好きな人です。
世界中に自慢できるくらい、すごいかっこいい。
「本日は、」
「ウソでしょう?」
「! 困惑されるのは、充分、承知し、」
「きゃああああああ、なに、聡衣、すっごいわ。イケメンさんなんだけどおおお!」
「!」
俺の大好きな人なの。
「お母さん」
俺の、パートナー、なんだ。きょとんとした顔もイケメンでしょ?
「ただいま」
ね、素敵、でしょ?
「おかえり」
彼が俺のパートナーなんだよ?
ともだちにシェアしよう!