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新年のご挨拶編 18 蜜柑と青空

 うちの煮物は旭輝にとても好評だった。  今日は、煮物に、きっと買ってきてくれたんだろうオードブルにお餅にお刺身。昨日は仕事だったはずだし、そんなお正月っぽくなんてしなくていいって言っておいたのに、それでもすごいたくさん準備してくれた。  こーんなイケメンが目輝かせて食べてくれるんだもん。うちのお母さんのテンションすっごい、笑っちゃうくらいに上がってた。上がりすぎて、俺の卒アルとか持ってこようとするから、そんなん絶対に無理だし、って断固拒否した。もうあの頃の「マセてる高校生」な自分なんて地中深く埋めて抹消したいんだから。どの写真も、イエーイってノリ最重視で撮ってて、イタいのなんのって。もう少し、ちゃんとしなさいとお尻叩きたくなる。 「あんたも一緒にお風呂入ってくればよかったのに」 「は、はぁ? 入るわけないじゃん」  にこ。じゃないし。何言ってんの、うちの親。 「そ? 全然かまわないけどね。あ、布団、あんたが使ってた部屋に二組敷いておいたから」 「あ、うん。ありがと」 「どーいたしまして」  今日は、泊まることになってた。俺が実家暮らしだった頃に使ってた部屋はまだそのまま。一人暮らしだからそんなに部屋使わないし、書斎が必要な仕事でもないからって。だからそのまま使える状態になってるから泊まっていけばと言ってくれた。 「俺が使ってたベッド、廃棄するの大変だったでしょ?」  自立する時に処分していけばよかったんけど、大丈夫、使うからって言われて置いて行ったんだ。母が使ってるベッドよりも新しかったから入れ替えるのかなぁって思ってた。数年、忙しくて電話だけで挨拶とか済ませてたせいで気が付かなかったけど、処分してくれたんだ。俺が使ってた部屋からいなくなってた。 「んー、あんたのベッド、いとこのマーちゃんとこにあげたから、大丈夫」 「マサ?」  マサ、は、従兄弟だ。あの、正月飾りをくれたうちの親戚で、歳の近い従兄弟。子どもの頃はよく泊まりにいって、マサとゲームしたりしてたけど、中学入ってからは泊まることも無くなったし、学校が違ってたから、疎遠になってた。 「そ。マーちゃんの息子クンが小学校に上がるからって」 「え? 小学生の息子いるの?」 「言ってなかったっけ? でき婚だったから式も挙げてないしねぇ」  そうなんだ。へぇ、結婚したんだ。 「たまに、サトちゃんとは一緒に出かけたりするからさ」  サトちゃんが、正月飾りをくれた親戚のおばさんで。 「孫の写真めっちゃ見せてくれるからさ」 「……そうなんだ」  孫、だって。  ちょっと、黙っちゃった。  サトおばさんはきっと孫の写真を無邪気に見せたんだろう。何も悪気ないだろうけど、でも、俺はその孫をどう頑張ったって見せて――。 「!」  鼻をギュッとつままれた。 「やっぱりあんたの卒アル持ってこようかしら」 「ちょ、」  そして、笑われた。 「いもしない孫の顔より、実の息子が嬉しそうに笑う顔の方が見てたいわよ」 「……」 「それにしても、紹介したい人がいるって突然言うから、もうホント。昨日職場でそわそわしちゃって、患者さんに何かお正月にあるのかね? なんて訊かれちゃったんだから」  そうなんだ。 「全く」  溜め息をこぼす、その口元が優しく笑ってる。 「どうやってあんな素敵な人見つけたのよ」  笑って、コタツの上に置かれた蜜柑を一つ手に取った。  そして皮を剥くと、ふわりと甘酸っぱい蜜柑の香りが鼻先を掠める。 「イケメンで、エリートで」 「……」 「一番すごいのは」 「……」 「聡衣のことすっっっごく大事にしてくれて」  うん。 「あんなに大事にしてくれる人そういないわ」  俺もそう思う。 「だから、あんたも大事にしなさいよ」 「……うん」  大事にする。  親に付き合ってる人を紹介する日が来るなんて思ってなかった。たくさん恋愛はしてきたけど、どの人も彼氏って感じだった。  旭輝は違ってて。  彼氏っていうよりも、恋人。  けど、それも最近少ししっくり来てなくて。  パートナー、っていうのが一番ピッタリくる。  そんな賢くないから、言葉選びとか全然わかってないし、感覚的なものなんだけど。  一生、一緒にいる、からかな。  旭輝はパートナーって、感じ。 「さすが私の息子よ。良い男捕まえるのが上手」 「……」 「ちょ、なんでそこでそんな顔するわけ」 「だって、お母さんシンママじゃん」 「はぁ? あのねぇ…………あえてのシングルよ。めちゃくちゃモテたんだから」 「いや、お母さんのモテ期とか別に」 「はいぃ? 何よ、別にって…………じゃあ証明するためにアルバムを」 「ちょ、おおおおおっ、もうそれ俺も小さい頃が写ってるやつじゃん!」 「可愛かったじゃない。近所でも有名だったでしょ? またマーちゃんと並ぶとその可憐さが対比ですごく強調されてさぁ」  ちょっと。それ、今、マサの悪口じゃん。  お母さんはニコッと笑って、俺をじっと見つめた。 「紹介」 「……」 「してくれてありがとね」  そして、蜜柑を一つ、こたつの上に置いていた俺の手のひらに乗せてくれる。 「すっごい大当たりの蜜柑だったわ。あんたも一つ食べな。ビタミンCはお肌に大事よ」  皮を剥くと、甘酸っぱいいい香りがして。 「知ってるってば、接客業やってるんだから」  青空が胸の内にパッと、広がった気がした。

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