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新年のご挨拶編 19 バスタオル

 浴槽ってこんな感じだったっけ。  使い終わったバスタオルってどうするんだっけ。  そんなことを考えながら、何年かぶりに実家のお風呂に入った。 「ふぅ……」  自分の分のヘアケア製品がなくなって、少しすっきりした気がする洗面台の前で一つ深呼吸をした。明日は日勤が入ってる母と一緒に実家を出発、うちへ帰る。  こっちの名産品を駅で買って、それを蒲田さんと、国見さんに送って。国見さんはアルコイリスに送ればいっか。  河野は、蒲田さんに送ればそこで二人で分けるだろうし。  何がいいかなぁ。お菓子。うーん、でも、河野はお菓子って感じの顔してないもんねぇ。漬物とか? 案外似合うよね。漬物をおつまみにお酒飲んでそう。で、もっとたくさん栄養のバランスも考えて食べてくださいって蒲田さんに怒られてそう。あ、そういえば甘いのあんまって言ってたもんね。河野。蒲田さんがバレンタインに甘くないチョコレート探してたのを手伝ったんだ。じゃあ、やっぱり漬物じゃん。  うん。  そうしよ。  明日、誰に何を買っていこうか考えながら、お風呂場を出るとリビングからテレビの音が聞こえた。 「あ、それも、ってなると、重くなる?」  お母さんの、声。 「いえ、全然。でも、こんなに」  旭輝の声。 「いいのいいの。私普段、お酒飲まないから。お酒けっこう嗜むって聞いて、なんか、晩酌できちゃう、とかテンション上がって買いすぎたの。だから、持って行って」 「……ありがとうございます」 「こちらこそ、ありがとう」  二人で話してる。  わ。  なんか、すごい。 「お仕事、どう? 聡衣、邪魔してない?」 「いえ、そんなことは全くなく」 「そう?」 「聡衣さんの存在にとても助けられてます」 「えぇ? あの子?」 「俺の、一目惚れだったんです」 「わ、そうなの?」 「えぇ」  ドラマ、みたい。こんな会話をしていてくれることも、それを聞いちゃってる自分もくすぐったくて、しょうがない。 「だから、聡衣さんの家族にこうして挨拶ができるなんて実は夢なんじゃないかって……」  柔らかい声の旭輝は、今、どんな顔をしてるんだろう。  知りたいけど、これ、入ってくタイミングわかんなくない? ジャーン、噂のご本人登場ってする? かといって、自分の部屋に戻っちゃうっていうのもなぁ。  あっ、っていうか、うちのお母さんのなっがい話に渋々付き合ってあげてるって可能性もないことないよね。もしかしたら早く引きあげたいのに捕まっちまったよって感じだったり――。 「もっと聡衣さんの子どもの頃とか伺いたいです」  あ……そ? そう? そんなの知りたい? いや、俺は恥ずかしいので言えません。イタイことばっかだし。 「そぉ? そんななんかすごい子とかじゃないわよ」  おう。そこは少し自慢してよ。何かしらでいいから。優しい子だとか……なんか、何かしら。 「むしろ、なんで旭輝さんみたいな素敵な人がうちの聡衣を? って感じ。あの子、けっこう我儘でマイペースで頑固でしょ? 大変じゃない? 私に似てんの、そういうとこ」 「そんなことは……まぁ」  ちょ、そこは、そんなことないですよってはっきり言ってよ。似てないですってさ。すごく素直ですって。 「小さい頃なんて大変だったんだから。小学生のうちは可愛かったのよ。すっごく」  なんでそこ、小学生限定にするかな。しかもすっごく、とか強調するし。まぁ、マセてたし、服とかその頃からこだわってたから、お母さんは大変そうだったけど。 「すっごくマセてて。あ! 服だって、もぉ大変。同級生の男子みたいにジャージでいいじゃんって思うのにね、全然。コーデとか考えたりして。大事なのは中身だ! 服じゃない! って言ってもダメ。もっとこういうのがいいとか、言い出して、ジャージにトレーナー、みたいなのちっとも着てくれないんだもの」  思っていたことをそのまま母がドア越しに文句まじりで話すのがおかしくて笑いそうになった。  だって、服、気に入ったのしか着たくないんだもん。テンション下がるし、その日一日中、なんかしょんぼりした気分になるじゃん。 「本当にちっとも気に入らないのばっかりだった時なんて、それぞれ二枚ずつくらいしかなくて。もうヘビロテ。雨が続くと乾かないから大変だったり」  あは。それ、あった。むしろ、このヘビロテがダサいってなってさ。少し譲歩したのを覚えてる。あとはコーデでどうにかするしかないって。  けど、ほっっっっとうにないんだもん。いい感じの、子ども服。 「他にもねぇ。本当に服が好きで。文化祭であの子のクラスはフリマやったんだけど、その店員やるの楽しそうだったわ。目キラキラ輝かせて」  そう? 目、キラキラさせてた? けど、うん、すごく楽しかったの覚えてるよ。 「友達は多かったわね。人懐こい性格してた」  うん。 「マセてて。あ、高校生の時、金髪にして一日で髪色戻して、不貞腐れてたこともあったわ」  あ、あったね。職員室にすぐ呼び出されたんだよね。 「そんなに破天荒なくらいにグレたりはしなかったわね」  まぁね。困らせたくないでしょ? お母さんのこと。 「私に似て美人だし」  え、急にここで自画自賛? 「親よりしっかりしてることがあって」  だって、シンママで大変じゃん。しっかりしないとって思うでしょ。 「しっかりさせすぎちゃって、色々迷ったり、悩んだりさせたこともあったんじゃないかな」  …………ないよ。そんなこと。 「だから、紹介したい人がいるって教えてもらった時、すごくすごくすごーく嬉しかった」  そう? 「今日、お会いしたらすごく素敵な人で」  うん。素敵でしょ? 「うちの世界一美人で、世界一優しい聡衣とお似合いの人だって思ったわ」  そこで思わず、吹き出して笑っちゃった。 「聡衣?」  だから、ほら、立ち聞きしてるのバレちゃった。 「いや、バスタオル、貸してくれてありがと、洗うのか、朝までどこかひっかけておくのかわかんなくて」  そう言いながら、抱えていたバスタオルで顔を拭ったけど、ちょっと、わかっちゃったかも。二人の、お母さんの俺についての話聞きながら、少しだけだけど、ほんのちょっとだけだけど、泣いちゃったって。 「いいわよ。洗濯機に放り込んでおいて。まったく、湯上がりでそんなとこにいて、正月から風邪引いたらどうすんの?」 「へーき」  ちょっと、バレちゃって、誤魔化すように顔をバスタオルにギュッと一度押し付けた。 「すっごい優秀で仕事のできるかっこいい看護師がいるんで」 「……バカなこと言ってないで、ほら、早く寝なさいよ」 「うん」  ギュッと押し付けたバスタオルからは懐かしくて、触れるとホッとする、お母さんの匂いがした。

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